造園の仕事をしながら、10年ほど前にオーガニックライフ八ヶ岳という農業法人を立ち上げ、岩窪農場という農場で野菜づくりも手がけるようになった大塚広夫さん。農場のある小淵沢でハーベストテラス 八ヶ岳というレストランも立ち上げ、いろいろな形で農業に関わっています。
そんな大塚さんが語るのは「みんながもうちょっと儲かる方がいい」ということ。つくるだけでなく、利益を出せる仕組みを考えたり、情報共有をしていくこともフードバレー協議会のひとつの役割だと話してくれました。
持続可能な地域農業を目指して法人化
——出身はどちらなんですか?
私は東京の出身です。もともと造園の仕事をしています。父親が林業関係の仕事をしていたので、家には植物の図鑑とかがいっぱいあって、それで植物に興味を持ったんです。大学は東京農大に進んで、そこで造園を専攻。そこでだんだん農村景観みたいなことを調査することが多くなって、千葉の山奥とか中国とかいろんなところに行きました。実際に農村を見ていくなかで「農業って大変だな」って思いましたね。卒業後、造園の仕事をするようになったんですが、結婚して30歳すぎたころ、北杜市に来ることになって。妻の実家が造園をやっていて、そこでいっしょに仕事をすることになったんです。今も造園が専門でやっていますが、こっちに来て「農業をやるのもいいな」って思うようになりましたね。
——それまでに実際農業をやったことはあったんですか?
農業経験はありませんでした。体験もしたことなかったです。ただ、東京じゃできないことをやってみようと。このあたりだと、つくり手がいなくなってしまった田んぼや畑もいっぱいあるんですよね。だったら借りてみようかなと思ったんです。もちろんそれだって急に来て「貸してください」って言っても貸していただけないでしょうけど、私はこっちで暮らしていて、ありがたいことにつながりもできてたから取り組みやすかったんです。
——それがいつごろの話ですか?
10年くらい前です。はじめてすぐ法人化しました。それが2009年。最初は5反(1,500坪)くらい借りて、合鴨を使って古代米を栽培していました。それから2〜3年で5町歩(15,000坪)くらいになって、今は14町歩くらいお借りしていろいろつくってます。最初はお米づくりからはじめましたが、その後は野菜全般をやるようになりました。このあたりで採れるものはひととおりつくってみたと思います。年間30〜40種類とかつくってました。実際にやってみると「手間ばっかりかかっててなかなかうまくいかないな」とか、「うちの規模に合わないな」ってものがわかってきたので、だんだん絞ってきてます。そのなかでミニトマトのアイコみたいにお客さんに指名で買ってもらえるようなものも出てきたので、そういうものに力を入れています。
——法人化したのはどういう狙いで?
チームをつくるためです。農業は人の商売だと思います。働いてくれる人がいないとできない。いくら機械化が進んでも、それを動かす人は必要だし、手作業で収穫しなきゃいけないものもある。まったく人がいらない農業はまだ難しい。だけど、このあたりだと冬は寒くてつくれるものも限られるから、農業はお休みにして、ほかで働いてくださいということも多いんですよ。でも、そうすると雇用関係が途切れてしまうでしょう? その人が次の春にまた戻ってきてくれるかわからない。それってもったいないと思うんです。農業が好きな人に長く働いてもらいたいじゃないですか。だから、年間ずっと雇用してやっていける小さいチームをつくりたかったんです。ずっといてくれる人には経験や技術も蓄積されていくから、翌年はみんな前の年より早く作業できるようになるし、その分効率的に成果を上げられるようになる。そうなれば、その人たちに還元できるものが多くなりますよね。いいことだらけなんです。そうやって、気持ちよく働いてもらえる環境を整えて、給料もしっかり払いたい。そのために、年間通して働ける仕組みもつくっています。たとえばミニトマトはケチャップやトマトジュースといった加工品にもできるようになりました。これなら冬にもできますから。
これからは10年かけてできたベースの中身を効率化させていく
——商売としてどう成り立たせるかっていうのが最初からイメージにあったんですね。
そうですね。農業をはじめるとき、最初にプランをつくりました。たとえば今ハーベストテラス 八ヶ岳というレストランも立ち上げましたが、これも最初のプランで思い描いていたことのひとつです。ただ作物をつくるだけじゃなくて、その先には観光や体験、加工っていう要素もありますよね。そういうものを組み込んだプランを考えていたんです。そういう構想というか、何となくのイメージがあったから、その後のいい出会いから実現していくことができました。何も考えてなかったらチャンスを拾えなかったし、そもそも農業をやっていたから巡ってきたものでもあると思います。
——最初にプランを立ててから10年ほど経って、今どれくらい達成できた段階なんですか?
当初の構想は10ヘクタールくらいで1反当たり30万円売り上げるってものだったので、広さと売上げだけで言えば達成できています。ただそれは一側面です。売上であって、そこでイメージしただけの利益を上げられているかっていうとそうじゃない。これからの10年はそういう中身の部分を改善していきたいと思っています。でも、これからの10年はさらに楽しくなるんじゃないかと思ってます。農場やレストランは形になってきましたし、設備投資もある程度できて、ベースができあがってますから。
——農業ってそれこそ後継者不足に悩む人も多いくらいで、あまり儲かるというイメージがないですよね。
そうですね。私も前に仲間内で「もうちょっと儲かった方がいいんじゃないの」って言ったことがあるんですけど、「だったら最初から農業やらない方がいいんですよ」って言われたことがあります。それは一理あるなと思いました。単純にお金を儲けたいだけならほかの仕事をやった方が早いと思います。残念ながら今はそういう構造になってる。やってる人は「でも農業が好きだから」って人が多いから、多少収入が少なくてもやっているんですけど。だけど、農業ってやっぱり商売じゃないですか。ちゃんと食べていけなければ、やっぱり長続きしなくなっちゃうんです。
——新規就農もひとつの壁ですよね。
「東京からこっちに来てのんびり農業を」って人もいるけど、それだけだとなかなか難しいんですよね。農業だけで賄っていくってやっぱりやればやるほど大変だと思います。私の場合は兼業で他にも仕事をしているわけです。そういうふうにやり方はいろいろあります。
ある程度の量をしっかりした値段で売る
——そういうなかで農業の方も成り立たせているわけですよね。ポイントはどこなんですか?
やっぱりある程度の量をつくって、しっかりした値段で売ることですね。値段の部分を人任せにしないでしっかり交渉すること。もちろん農協とかに出して、値段はそのときそのときで安ければ安いで仕方ないってやり方もあるわけだけど、それだとやっぱり安いときすごく売り上げが下がってしまいます。普段は1kg800円で売れていたものが、あるとき価格が崩れて100円にしかなりませんでした、なんてこともある。そうすると売上が8分の1になってしまうでしょう? でも、ちゃんと売り先を見つけていたらそういうときも800円で売れて、売り上げや利益を確保できるじゃないですか。
——そういう売り先はどうやって見つけてるんですか?
人それぞれだと思います。私の場合はもともと東京にいたからそっちの知り合いもいましたし、造園の仕事での繋がりもできていたんですよね。そういうところに話をしてみて、少しずつ増やしていきました。結果として売り先はある程度確保できていて、むしろ生産量が足りないくらいになっています。この地域の野菜はちゃんと需要があるんです。だから、私もですが、地域でもっとたくさんつくらないといけないと思っています。
——なるほど。飲食店などを開拓していったんですね。
ただ、これに関しては向き不向きもあると思います。売ること、交渉することも技術で、それが苦手な人もいます。苦手な人は農協とかに卸すのも選択肢のひとつだと思います。値段交渉とかクレーム対応するのがすごくストレスになる場合もあるので。そこは任せてつくることに専念する方がその人にとってはいい形になるという場合もあるんじゃないでしょうか。
どこでもつくっているものだからこそ基本を守る
——野菜ってともすれば単純な価格競争になってしまいがちですよね。きちんとした単価で売るためにどんなところを強みとして見せているんですか?
やっぱり実際に食べてもらっておいしいって思ってもらうことですね。レストランのシェフはいろんな食材を食べ慣れてるから、おいしいものを出せば評価してくれる。そのおいしさっていうのも何かっていったら、大きいのは鮮度なんです。イマイチだなって感じるものって、やっぱり鮮度が落ちてる。さっき畑で食べたトマト、おいしかったでしょう?
——はい、おいしかったです!
新鮮だからなんですよ。今日収穫して、明日に食べてもおいしい。だけど、1週間も経つと「ちょっと違うな」って味になってくるんです。一般的な流通だとどうしても店頭に並んだり、お店に届くまでに時間がかかる。うちは収穫した当日か次の日には基本的に発送してます。鮮度と品質を確保しているんです。
——しかもある程度の量をつくっているわけですよね。
そうですね。レストランなんかだと、ある程度の量を求められるし、それに応えないといけない。安定も必要です。今日は出せるけど明日は出せないという感じだと、レストランの方も困りますよね。そうなったらほかのところから買うようになってしまう。野菜は日本全国でみんな栽培しているので。基本的に私たちしかつくっていないものなんてないんです。種は売ってるし、それを蒔けば育てられますから。そういう当たり前のものを、当たり前といえる値段で売るんだから、せめて収穫シーズンは欠品しないようにしていきたい。逆にそういうことをしっかりやっていけば、レストランやホテルにもメリットがある。地元の新鮮な農産物を安定的に入手できるようになりますし、場合によっては価格も下がるかもしれません。今はネットと宅配便が浸透したから、こういう取引もできるようになりました。このふたつがなかったころはできなかったでしょうね。
——このあたりは直売所も多いですよね。
北杜市は直売所も活気があるんですよね。特に夏は人が大勢来ますし。毎日農家さんが直接野菜を並べているから鮮度がよくて種類も豊富、しかも値段も安い。最高の売り場だと思いますね。道の駅など直売所はこれからまだまだ伸びると思ってます。
ちゃんと儲からなければ農業という産業が持続できない
——いろんな形で利益を出していっているわけですね。
そうしていきたいですね。今よりもう少し稼げるように、もう少し利益が出るようにしていかないと。別に荒稼ぎしたいってわけではないんです。農業って朝から晩までずっと働いて、それであんまり儲からないってイメージがありますよね。そうじゃなくて、普通に働いて、それで食べていけて、子どもも育てられて、必要な機械も買って、休みにはどこか旅行に行ったりできる。それくらいにはしっかり稼げるようにしていきたいんです。
——農業って絶対に必要な産業なのに儲かるようになっていないってちょっと不健全ですよね。
そうかもしれません。だから、ちゃんとお給料を出せて、農閑期には休みも多めに取れるように、働きやすい環境にしていきたいって考えています。
そうしていかないと後継者もいなくなってしまうし、結果的に農業というものが持続できなくなっちゃうじゃないですか。若い人も働けて、持続していける農業の仕組みづくりをこれからしていきたいですんですよね。自分たちだけじゃなくて、地域の仲間の人たちもいい経営ができるようになっていくようにしたい。それはフードバレー協議会のひとつの役割だと思っています。
——たとえば同じ地域の農家さん同士で情報を共有したり相談したりできるような仕組みですか。
そうです。北杜市はお米農家から、野菜農家、果樹農家、畜産農家とさまざまな農業者がいます。実際フードバレー協議会にも有機農業をやってる人は多いし、他にも農業を取り巻くさまざまな業態の人が参加してくれています。そういう人同士で、「いい品種があったよ」「ここのこれが安かったよ」とかちょっとした情報を気軽に共有できればいいですよね。いい情報や方法ならみんな自然にマネしたくなるだろうし。そうやっていろいろな効率を上げていければ。
——それは新規就農する人にとっても助かる仕組みですよね。
新規就農者のサポートもフードバレー協議会で取り組んでいきたいと話し合っています。今も農業をはじめたいと市役所に連絡してくる方が一定数いますが、市役所の移住相談窓口の人も農業は専門じゃないからしっかりサポートしていけない。それなら、市役所の窓口で受け付けたら、実際の具体的なサポートはフードバレー協議会のメンバーがやるって形になればいいと考えています。協議会には多彩なメンバーがいますので、相談に乗ったり、研修を受け入れたりすることもできると思っています。ただ、そこもずっとボランティアだと続かなくなってしまいます。
——そういう活動ってどうしてもボランティアになりがちですよね。
農業ってやっぱり忙しいですからね。みなさん、毎日仕事で忙しかったりするので、何でもかんでもボランティアになってしまうと負担が大きくて続かなくなってしまう。だから、その辺もうまく継続できる形にしていきたいですね。
——商売としての農業というところを考えていかないといけないわけですね。
はい。農業は楽しくて魅力的な仕事だと思います。お米や野菜はみんな食べますよね。みんながお客さんということです。とても広がりのある仕事で、だからこそ面白いし飽きないです。あとはもう少し儲かるような仕組みをつくることが大切だと思います。ただ、明るい要素はいっぱいあると思ってます。AIやロボット、ドローンみたいな新しい道具や機械が出てきてるし、農業ってこれからもどんどん進化していくでしょうから。今後が楽しみですよ。