「今の農業に反対したいわけじゃないけど、自家採種という形もあった方がいいよね」
自家採種で固定種・在来種も手がける畑山農場

さまざまな農家が集まり、それぞれが個性豊かな野菜や果物を育てている山梨県北杜市。農薬・化学肥料を使わずに農業をやっている畑山農場の畑山貴宏さんもそんなひとりです。

畑山農場の特色のひとつは、一般的な品種に加えて、自家採種による野菜づくりもやっていること。現在の農業では、種を買って育てることが多いのですが、自家採種は育てた作物から種を取り、それを使ってまた育てるという形です。

畑山農場の畑山貴宏さん。手に持っている茄子も自家採種で育てたものです。

固定種や在来種と呼ばれる、現在ではちょっと珍しい野菜もいろいろと育てている畑山さん。こうした野菜を育てるようになったのはどういう理由なんでしょう?

農村生活への興味からはじめた農業

——農業をはじめたのはいつなんですか?

19年くらい前(2001年ごろ)ですかね。最初は北杜市の武川って地域ではじめて、7年くらいしたときに今の高根町に引っ越してきました。やっぱり農業っていろいろ使う農機具があって、それを置く場所も必要になるんですよね。それで、思い切って今の広い古民家を買ったんです。

——農業をやろうと思ったきっかけは何だったんですか?

僕は北海道出身なんですけど、北海道にいると日本の伝統文化みたいなものってなかなか触れる機会がないんですよね。開拓されていった土地なので。それで、北海道から出てみたくて、大学は茨城にあるところに行ったんです。で、大学時代にいろいろとやりたいことを探しているうちに日本人の昔の暮らし方とか、自然のなかで暮らす生活っていうものに興味が出てきたんです。大学でも文化人類学とかをやっていて、ライフスタイルとか生活っていうところから移住を考えるようになったんです。

——じゃあ、いわゆる農村生活みたいなものに憧れて、というのが出発点なんですね。

はい。それで、大学院を出たあとそのまま移住したんです。

——北杜市を選んだのはなぜ?

いろんなところを見て回った結果、一番いいなと思ったのがこのあたりだったんです。山がキレイに見えるし、実家の北海道も東京経由で意外と帰りやすい。アクセスがいいんですよね。その当時から移住者が多い地域で、住みやすそうだなというイメージもあってここに決めました。

——で、農業をはじめたんですか。

いえ、最初は農業で食べていくのは怖いというか、あんまりイメージが湧いてなくて、違うことをやってたんです。豆腐屋さんとかで働いてました。最初から農業をやるって道ももちろんあったと思うんですけどね。大学時代に農業をやってる会社でアルバイトしたりしていて、そこに誘われたりもしていましたし。でも、自分探しみたいな感じだったんでしょうね(笑)。結局1年暮らしてから「やっぱり農業かな」と思ってはじめました。

——1年経って農業で食べていくイメージが湧いたんですか?

イメージができる契機をつくってくれたのは、こっちに移住してくるきっかけをつくってくれた人なんです。その人は都市農村交流みたいな活動も盛んにやっていて、東京で暮らしている人と話をしていると、「これは有機野菜、絶対に売れるな」って感触があったんです。

——2000年代の初頭くらいですよね。有機野菜とかオーガニックっていうのがちょうど盛り上がりはじめていたころですね。

はい。オーガニックカフェみたいなものができはじめた時期です。そういう流れから、有機野菜をつくれば売れるってイメージができた。それに、ほかに行きたい場所ややりたいことがなかったから(笑)。それでなるべくお金をかけない形でやってみようとはじめました。

自家採種をはじめたきっかけは農業への飽き(笑)

——最初はどんなものをつくっていたんですか?

畑の面積は今の3分の1くらい……8反(2,400坪相当)くらいですかね。それこそやりたいことだけやってたみたいな感じでした。大学時代のアルバイトで小松菜とかを扱っていたので、小松菜とか春の葉物からはじめてやっていました。

——実際にやってみたらどうでしたか?

イメージとのズレみたいなことはなかったですね。もともとすごく具体的なイメージがあったわけじゃなくて、「やってみなきゃわかんない」くらいに思っていたので(笑)。大変は大変でしたけど、農業って失敗を成功に変えられるって喜びもある。1年やってうまくいかなかったら、翌年やり方を変えたりとかできるじゃないですか。実際にやってみて、やってみる感触もつかめた。

——畑山さんは固定種や在来種なども積極的に扱ってますよね。

固定種や在来種に限らず、自家採種をしています。

——はじめたのは何がきっかけなんですか?

高根に引っ越してきてからはじめたんです。農業にも慣れてきて、だんだん飽きが来たというか(笑)。ただつくっているみたいな感覚になってきたので、原点に戻ってみようと思ったんです。もともといろんなものをつくってみたいというタイプなんです。出身の北海道も農業が盛んですけど、北海道の農業は大規模でひとつのものを大量につくるスタイルなんですよね。しかも、気候的に夏しか野菜がつくれない。ここは少しずついろんなものをつくるというのができるし、冬も野菜をつくれるので1年中いろんなものを育てられるんです。

——それでいろんなものをつくる一環としてはじめたと。

興味からなんですよね。最初はネットで固定種とか在来種を売っているところがあるので、そういうところで買ってはじめました。最近だと近くの方にもらった種から育てているものとかもあります。だから、品種としては特に名前のないものとかもあります。

自家採種で育てた茄子のひとつ。この品種の場合、この色で食べごろなんだそうです。

——今どれくらい自家採種の野菜をつくってるんですか?

前に数えたときは30種類くらいでしたけど、今は少し減ってるので20種類ちょっとくらいですかね?

——そんなにいろいろ!

品種はたくさんあるんです。ただ、農業としてやる以上やっぱり採算も合わないといけない。そうするとちゃんとおいしくて、売れて、ある程度の量も採れるものに絞っていく必要があるんですよね。もちろん量としては一般的なF1種(雑種第一代と呼ばれる種。病気に強い、味がよいといったさまざまなメリットがあるため現在の農業では一般化しているが、反面特性が1代限りなので原則として自家採種による栽培ができない)の方がより採れるわけですけど、それだけやっていても飽きてくるので。

割って取りだした種を軽く洗って乾かせば、それが種まきに使えるんだそうです。

交雑で大不作の普通のきゅうりが誕生

——自家採種で一番大変だった野菜ってどんなものですか?

ごぼうですかね。在来種のわりと有名な品種の太いごぼうなんですけど、曲がりくねったりしているので手で掘るしかないんですよ。1本掘るのに30分くらいかかる。頑張ってやってみたんですけど、あまりに大変だからやめちゃいました(笑)。あと、交雑も怖いところです。

——交雑ですか。つまり、近くで育ててるほかの品種と交配して別の品種になってしまう。

そうです。同じ野菜でもいろんな品種を育てていたりするので、それが交配してしまうことがあるんです。おもしろいところでもあるんですけど、やっぱり売れるものでなくなっちゃ困ったりもするので。

——実際に交配しちゃったこともあるんですか?

増富きゅうりっていうきゅうりがあるんですね。大きくて、皮を剥いて種も取って食べるきゅうりで、食感はちょっと違いますが、味は割ときゅうりと似た品種です。昔はどこでもよくつくっていたみたいなんですけど、最近はつくっている人が少なくなってます。それを普通のきゅうりの近くで育てていたんですけど、交配しちゃって。

手に持っているのが増富きゅうり。きゅうりとは思えない大きさです。

——じゃあ大きなきゅうりに?

いや、それがサイズは普通のきゅうりだったんです。ただ、増富きゅうりは大きい分密集して成らないんですよ。割ときゅうり同士の間隔が開いている。その間隔を受け継いでしまって、普通のきゅうりなのに増富きゅうりの間隔で成ってしまって(笑)。

——よりによって悪い部分を受け継いでしまった(笑)。

全然量が採れませんでした(笑)。

——そういう大変さがあっても自家採種をやる理由って何なんでしょう?

やっぱり買った種より愛着が湧くんですよね。自分の子どもみたいな気持ちになります。別に一般的なF1種に反対しているとか、固定種を守りたいって気持ちがあるわけじゃないんです。ただ、こういう形の農業もあった方がいいなって思ってるんです。種を採ってつくるってやり方もあるんだよって知ってもらいたいなって。

——おもしろさや興味がスタート地点なんですね。

自家採種に限らないですが、農業自体おもしろいというか、毎回新しい気持ちでチャレンジできるので新鮮なんですよね。たとえばお豆腐屋さんだと基本的には毎日同じように豆腐をつくるじゃないですか。農業の場合は同じものをつくるにしても、年に1回だし、毎回種まきっていうゼロからはじめるでしょう? しかもさっきも言ったように、前回の失敗を改善しようとか毎回いろいろ考えてはじめるわけです。

——一番楽しいのはどんなときですか?

充実感があるのはやっぱり収穫できる状態になったときですね。

——収穫はやっぱり嬉しいですか。

収穫自体は実はあんまり……採ってると飽きてくるので(笑)。楽しいのは「できた、できた」って見てるときですね。

消費者と農家をつなぐのもフードバレー協議会の役割

——そうやってできた畑山さんの野菜ってどこで食べられるんでしょう?

ネットで野菜ボックスとして販売してるのに加えて、北杜市内、都内の小売店にも出荷しています。都内をはじめ全国のデパ地下を中心に展開している青果専門店の「九州屋」さんには、地域の有機農家8名と一緒に「やまそだち」というブランド名で出荷をしています。また今年からは美味しい食材を扱うこだわりのスーパー「福島屋」さんにも出荷を始めました。地域の有機農家の野菜をフードバレー協議会として取りまとめをして、週5日、東京羽村市の本店、立川店、秋葉原店、六本木店、虎ノ門店の5店舗に発送をしています。非常に好評をいただいていて、とてもやりがいがあります。野菜にはそれぞれ生産者の名前が入ったラベルが貼ってありますので、それでお目当ての野菜を探すことができます。

畑山農場さんの家。壁に書いてあるのはお子さんの落書きだそうです。

——そんなに頻繁に出荷しているんですね!

お店の方でも地域として推してくれているんです。そうやって北杜市という地域をブランドとしてもっと認知してもらえたらいいなと思っています。

——「北杜市の野菜」「八ヶ岳の野菜」ということがひとつのブランドになるといいですよね。

北杜市って季候もいいし、有機農業をやっている人も多いので、有機に関する技術のレベルも高い方だと思うんですよね。つくっている作物もいろいろ。実際、移住してきて有機農業をはじめる人も多いですし。でも、まだまだブランドとしての知名度は低い。フードバレー協議会もそういうブランドの知名度を上げていく活動の一環だと思っています。たとえば、東京とかの人が野菜買いたいですって時に窓口になって紹介したりとか、そうやって消費者と農家をつなぐ役割を担ったりできたらいいなと。そうやって知名度が上がれば、農業だけじゃなくて観光や飲食の活性化にもつながる。

——個人としてこれからやっていきたいことってありますか?

今、年に1〜2回北杜市の図書館で家庭菜園をやっている人に教える講座みたいなことをやっているんですけど、それが楽しいんですよね。毎回人も来てくれるし。もちろん家庭菜園を追求してすごくうまくなってる人もいるけど、ちょっとやって挫折しちゃった人も多い。そういう人たちに教えてあげるのがやりがいもあって楽しい。だから、そういうことも何らかの形で仕事にしていけたらいいなって思ってます。