「テクノロジーの力で農業の未来を変える 」 有限会社アグリマインド 藤巻公史さん

日照時間日本一を誇る北杜市明野町にある「有限会社アグリマインド」は、カゴメ株式会社の契約農園として最先端の設備でトマトの栽培を行っている。アジア初となるセミクローズド温室を導入し、AIやIoTを活用したスマート農業を実践しながら安定供給や農業課題の解決を目指す。また、北杜市の指定管理を受け「あけの農さん物直売所」の運営も行うことで、地域とのつながりを大切にしている。

2014年の明野菜園設立時からスマート農業を実践・牽引し続けているアグリマインド。代表を務める藤巻公史さんは、テクノロジーの力を使って一体どんなことを実現していきたいと考えているのでしょうか。

 

太陽とテクノロジーの力で日本一の単収量を達成

約2haの広さを持つアグリマインドの明野菜園は、富士山・南アルプス・八ヶ岳などの山々を見渡すことができる北杜市明野町にある。日本トップの日照時間を誇り、標高700mで夏場でも比較的涼しい明野町は、多くの日射量を必要としながらも暑さには弱いトマトをつくるのに最適な環境だ。アグリマインドはこの環境条件にテクノロジーを掛け合わせ、初年度より10a当たりにおけるトマトの単収が70tを超えるという世界でもトップクラスの数字を残した。持続可能型農業を実現するための国際認証「ASIAGAP」も取得し、食の安全や環境保全への前向きな姿勢も示している。

明野菜園で導入しているオランダ生まれの「セミクローズド温室」の天井からは、明るい日の光が燦々とトマトの葉に降り注ぐ。この温室はトマトの育成に最適な条件をコンピューターに設定することで、その日の環境において必要な温度・湿度・ボイラー燃焼時に発生する二酸化炭素などを、エアダクトを通して最適な空気を温室内に送り込む。天井の小型窓の自動開閉により空気を逃がし気圧を調整し、温室内部の気圧を外気圧より高く保つことで、外気の影響や害虫の侵入を抑えることができる仕組みだ。

ヤシ殻を培地とした養液栽培のベッドには、再利用した養液や雨水が自動で循環して流れてくる。さらに温室内の温度調整は省エネルギーのヒートポンプの使用を基本とし、必要に応じてLPG式暖房機を組み合わせて使用することで、環境への配慮も意識している。

また、作業進捗や作業効率などは全てタブレットで確認できるようになっており、誰でもスムーズに作業に取り掛かることができる。現在の技術では人の手無しではできない作業もまだまだたくさんあるが、テクノロジーを駆使しながら効率よく作業ができる体制を整えることで、高い生産性を実現してきた。

 

「農業をもっと身近に、そして誇りに」

代表の藤巻さんは、テクノロジーの発展には常にアンテナを張り、農業ベンチャー企業の実証の場としてシステム開発のサポートをしたり、現場で生まれたアイデアを研究者に提供したりしている。人材不足という農業の大きな課題解決に向けた取り組みであることはもちろん、「テクノロジーを駆使することは農業のイメージアップにもつながっていくのでは」と藤巻さんは考える。

藤巻さん「毎年地域の学校の子どもたちの見学を受け入れているのですが、実際に最新のテクノロジー技術に触れたり働いている人の様子を見てもらったりすることで、少しでも『農業ってかっこいい』と感じてもらえたら嬉しいなと思っています。多くの人は農業と聞くと、『土にまみれて汗水垂らして…』というイメージをすると思いますが、そうではない働き方もあることを知ってもらいたいです。実は僕にも3人の子どもがいて…彼女らが成長した時に『私のお父さんは農業をしている』と胸を張って言えたらいいなと思い、一生懸命がんばっています」

藤巻さん自身も前職はアパレルの仕事をしており、父親がはじめた菜園立ち上げのサポートに加わるまでは、「農業をしたい」と思ったことはなかったという。自身が現在は大きな可能性を感じながら楽しく仕事をしているからこそ、多くの人に農業の魅力が伝わることを願っている。

実際に明野菜園内を歩くと、若い世代がさまざまな分野で活躍している姿が目に入る。彼らも学生時代に専門的に農業の勉強をしていたわけではなく、入社してから知識や技術を身に付けていったのだという。

藤巻さん「僕より10歳も年下のスタッフたちがスマート農業について一生懸命勉強して活躍してくれているので、彼らが僕と同じくらいの年齢になる頃には一体どうなっているんだろうと思うと未来が楽しみです」

スマート農業に力を入れることで、IT技術者が今よりも農業分野に目を向けてくれるようになるかもしれない。そしてよりスマート農業が発展していくことで、社会的弱者と呼ばれる人々にも活躍の場を提供できるかもしれないと藤巻さんは語る。

藤巻さん「これからテクノロジーが発展すれば、障がいやさまざまな事情を抱えた人々が気軽に農業に携われるようになるのではないかと思っています。例えば、現場のロボットにカメラを付けて、家でモニターを見ながら収穫の指示を出すという作業なら、身体が不自由でも遠隔で行うことが可能です。専門的な知識を持つ技術者から働き口に困っている人々まで、さまざまな人が自分に合った働き方で働ける場になっていくといいなと思っています」

ロボットに人の仕事を代替させるだけではなく、そこで新たな雇用の形を生み出せるかもしれないという一歩踏み込んだ視点を持てるのは、日々現場でさまざまな課題に向き合っているからなのだろう。さまざまな実験を続けていった先には、どんな未来が待っているのだろうか。

 

多様な生産者や地域とのつながり

アグリマインドでは大規模なスマート農業による高い生産性を実現しているが、北杜市には昔ながらの農業を守ってきた人や有機栽培を牽引してきた人など、さまざまなスタイルの生産者がいる。藤巻さんはそれらが共存し地方都市としてのバランスを保つことで、全国の良いモデルになっていけるのではないかと考える。

藤巻さん「国が有機農業の推進に力を入れていく方針を示していますが、食糧危機の恐れなどを考えると僕らのような安定供給を目指す企業も必要です。一つの地域にさまざまなスタイルの農業があり、それらが対立するのではなく役割分担をしながら情報を共有しあっているという状態をつくることができれば、北杜市は良いモデルとして今以上に全国から注目が集まると思います。僕自身も北杜市農業企業コンソーシアムやフードバレーなどを通していろいろな生産者さんとお話をしますが、北杜市の生産者さんは自分の考えをしっかりと持ちながら楽しく農業をしている方が多いので、話をしていてとても面白いです」

“北杜市農業企業コンソーシアム”とは、アグリマインドの初代代表である藤巻さんの父親が明野菜園設立時に立ち上げた企業同士の情報交換の場のこと。現在も13社が加盟しており、企業間で連携することで物流、雇用、環境といった共通課題の解決を図っているそうだ。

藤巻さん「北杜市ほど農業に適した場所はなかなかないと思います。日射量が多くてミネラルウォーターに使われるほどきれいな水も豊富で、地域によって標高差があるため自分のつくりたいものに適した標高を選ぶこともできますし、時期をずらして収穫期間を長くとることもできます。その上、東京や中京の消費圏にも中央道ですぐに農産物を届けることができ、自然災害も少ない。全国の生産者が羨む場所であることは間違いないので、みんなで力を合わせてもっとPRしていけたらいいですね」

アグリマインドでは「地域に恩返ししていきたい」という想いから、2018年に市の指定管理を受け「あけの農さん物直売所」の運営もスタートした。アグリマインドのトマトや加工品はもちろん、地域生産者が持ち寄った採れたての野菜や果物などを販売している。2階のレストランでは、フレッシュなトマトを使ったトマトカレーやソフトクリームなどを楽しむことができる。直売所があることで100名以上の生産者やお客さんとのつながりが生まれたのだという。

その他にもアグリマインドでは、農福連携や生活困窮者へ野菜を届ける取り組みなどにも力を入れている。「少しでも世の中の役に立つことで、働いてくれているスタッフたちに『良い会社にいるな』と感じてもらえたら嬉しい」と語る藤巻さんの笑顔には、強い使命感と未来への期待が溢れていた。

 

生産量の最適化と新たな事業展開を目指して

これまでアグリマインドでは『生産性の極大化』を目指してきたが、現在は年間の収穫量や資源使用量の『最適化』を目指しているという。

藤巻さん「閑散期の売上減少やそれに伴う通年雇用の縮小など生産者の共通課題の解決を目指し、12ヶ月間収穫ができる“インタープランティング”という栽培方法を実践してみたり、千葉県にも2つの農場を持つことで栽培時期をずらしてみたりと最適化に向けたさまざまな試みを行っています。今後はトマトに限らず他の野菜や果樹の栽培にも挑戦したいという思いもあります」

初年度から世界トップクラスの反収量を実現し、順調に次のステップに進んでいくかのように見えるアグリマインドだが、実際にはインタープランティングを導入した直後にトマトが病気にかかり約2年間その病気を引きずってしまったり、台風の影響で千葉の農場の電気が3週間止まり全ての苗が枯れてしまったりと、これまでには大変なこともたくさんあったのだという。

それでも藤巻さん率いるアグリマインドは、新しい挑戦をやめようとはしない。これからも『農業をもっと身近に、そして誇りに!!』という企業理念のもと、スマート農業の可能性を追求し、多くの人の喜びを生み出し続けていくのだろう。