年間を通して有機ほうれん草の露地栽培を実現する           やまなし大武川農場 森田雅哉さん

 

長坂町と武川町に計1.4haの畑を持つ「やまなし大武川農場」では、農薬・化学肥料不使用で身体に優しくおいしいほうれん草を露地栽培で年間を通してつくっている。ほうれん草の旬は11月〜2月頃であり、一般に暑さと雨による影響を受ける夏場にほうれん草をつくるのは難しいとされている。それを露地栽培かつ有機栽培で実践している事例は、全国でもかなり稀だ。代表の森田雅哉さんは、なぜ他の人がやっていないことに挑戦しようと思い、どのようにしてそれを実現しているのでしょうか?

試行錯誤を繰り返して

やまなし大武川農場では、夏〜秋は標高約800mの長坂町の畑、冬〜春は標高約500mの武川町の畑と標高の異なる二つの地域の気温差を活かし、年間を通してほうれん草の有機栽培を行っている。夏場は種を蒔いてから収穫まで約30日、冬場は100〜120日と育成のスピードが全く異なり、季節ごとに栽培方法を工夫しながら一つ一つ丁寧にほうれん草を育てている。

 

葉物野菜の夏場の露地栽培は難しく、初めの頃は種を蒔いた内の1〜2割程度しか収穫できなかった。試行錯誤を繰り返し5年目を迎えた現在は、7〜8割が安定的に収穫できるようになったそうだ。

 

森田さんは何度も「こうしたらうまくいくかもしれない」と仮説を立て、畑で実践を繰り返してきた。数々の失敗を乗り越えて辿り着いた栽培方法を、「まだまだ実験途中で人に薦められる段階ではないのですが…」と言いながら惜しむことなく教えてくれた。

周年で有機ほうれん草をつくる方法

森田さん「ほうれん草の栽培を始めてまず最初に、ほうれん草は本当に暑さや雨に弱いのかという実験をしました。畑の雑草は夏場でもグングン成長するのに、ほうれん草は違うのかな?と試してみたくなったんです。ネットも何もしない状態で栽培してみた結果、暑いと発芽のタイミングが揃わず、雨で跳ねた土が葉に当たって傷になり、病気になってしまうことがわかりました。そこからどうすれば夏場でも元気に育ってくれるのか試行錯誤する日々が始まりました」

森田さん「まずは、ほうれん草にとっての家となる土壌の研究を開始しました。有機栽培では消毒剤を撒くわけにはいかないので、『太陽熱養生処理』という方法を実践しています。種を蒔く前の畑に堆肥を入れ、雨が降ったタイミングで透明なビニールで畝(うね)を立てて1ヶ月ほど置きます。そうすることで微生物の動きが活発化して有機物の分解が早くなり、菌や雑草の種を消毒してふかふかの土をつくってくれるのです」

 

やまなし大武川農場では、種を蒔く前には必ずこの太陽熱養生処理を行っているという。森田さんはさらに、「連作」をあえて行うという特殊な方法についても説明をしてくれた。

 

森田さん「一般的に連作をすると畑の中の養分が偏ったり土が固くなったりして、野菜がうまく育たなくなると言われています。しかし、連作を続けることで『発病抑止土壌』と呼ばれる安定した土づくりに成功したという事例があるんです。実際にやってみたところ、3年目にはほとんどのほうれん草が病気になってしまいましたが、それを乗り越えたら安定して育つようになりました。まだ化学的に証明されていないことも多いのですが、連作障害を気にして畑を休ませたり別のものをつくったりしなくて良いので、作業効率を上げるためにもこの方法を実践してよかったと思っています」

森田さん「どんなに良い土がつくれても、夏場は暑さで水分が蒸発してしまいます。マルチを使用すれば温度調整や保水ができ、雑草も予防できるのですが、化石燃料をできるだけ使いたくないという想いがあり、辿り着いたのが『溝底播種』と呼ばれる方法です。土に溝を付けてそこに種を蒔いていくと、溝の底では水分の減少と地温上昇が抑制され、発芽や育成を促してくれるのです。マルチほどの効果があるわけではありませんが、このやり方をはじめてから発芽のタイミングが揃うようになりました」

森田さん「そして暑さと雨の対策として最終的に行き着いたのが、このモヒカンネットです。一般的には雨よけフィルムでトンネルし、その上に暑さ対策の遮光資材を掛けるのですが、モヒカンネットは一枚で雨よけと遮光の両方の機能を備えています。側面部はネットになっているので通気性にも優れていて、換気の手間も軽減することができます。高畝にすることで水捌けも良くなり、ほうれん草たちを暑さと雨から守ることができています」

 

森田さんの説明を聞いていると、本当にたくさんのことを試して今のやり方を見つけたのだということが感じられる。安定して収穫ができるようになったのは、就農して4年が経った頃だったという。途中で心が折れてしまいそうなものだが、森田さんは「試行錯誤こそが農業の醍醐味です」と笑顔で答える。強い信念と向上心があるからこそ、夏場のほうれん草栽培をここまで形にすることができたのだろう。

森田さんがほうれん草づくりを始めるまで

埼玉県出身の森田さんは、幼い頃にアメリカのテレビ番組「大草原の小さな家」を見て以来、自然の中で暮らすことに憧れを抱いていた。2017年にお子さんの成人を機に20年間暮らした東京を離れて夫婦で北杜市に移住し、長坂の農林大学校で学んだ後、2019年に独立して有機農業を始めた。

 

もともと山登りが好きで北杜市にもよく足を運んでいたという森田さんは、会社員時代にCSR(企業の社会的責任)に関わる事業を担当していたこともあり、環境問題に関する取り組みへの関心が高かった。農業を仕事にすると決めた際に環境負荷の少ない持続可能な有機農業を選んだのも自然の流れだったという。

 

多くの有機農家がそうしているように、森田さんも独立当初はほうれん草を中心とした葉物野菜を複数つくっていた。しかし栽培を進めていく中で「一つの野菜を極めることの方が自分には向いている」と感じ、ほうれん草のみに切り替えることを判断したという。

 

森田さん「多品目栽培のメリットもありますが、それぞれの野菜が今どのくらい成長していて、いつまでにどのような作業が必要で、収穫した後はどこで何個買い取ってもらえるのかということを一つ一つ管理するのはすごく大変だと感じました。研修先としてお世話になった畑山農場ではそれらの管理をとても効率よくこなしていたので、向き・不向きがあると思いますが、私の場合はどれも中途半端になってしまうような気がしました。もともと農大の販売実習でほうれん草の需要の高さを感じていたこともあり、比較的雨が少ない北杜市なら標高差をうまく利用すれば一年中ほうれん草がつくれるかもしれないと思い、試してみることにしました」

 

森田さんはそれから毎日ほうれん草に向き合っているため、今では一見しただけでほうれん草の状態や必要な作業がわかるようになったという。今はまだ実験の途中だが、いずれは栽培の方法を確立させ、人に伝えていきたいという想いも持っているそうだ。今後、北杜市の農業の新たな可能性が開けるかもしれない。

大切にしている3つの方針

最後に森田さんは、農業をはじめる際に掲げた「3つの基本方針」を教えてくれた。

 

【やまなし大武川農場の基本方針】

①人と地球を大切にする

②想像力豊かに挑戦し続ける

③効率を追求して高収益を実現する

 

一番の優先事項は、自然環境とお客さんや一緒に働く人のことを大切にすること。そのためには、これまでのように新しいことに挑戦し続けることや、高収益を実現して継続性を高めていくことが欠かせないという。

 

これまでの森田さんのお話しを振り返ると、この基本方針に基づいて事業を進めてきたことがよくわかる。方法をその都度変えながらも迷うことなく進んでこれたのは、目指す姿が明確にあるからなのだろう。

 

「ほうれん草では誰にも負けたくない」と熱く語る森田さんの挑戦は、これからも続いていく。