本当に大切なものは何か 考えるきっかけの場をつくる 【牧場ROOSTER 徳光康平】

武川町にある「牧場ROOSTER」では、約400羽の鶏が平飼いで飼育されている。農場主の徳光康平さんは2022年に「株式会社Cultivate Metabolism」を設立し、ファームステイなどの取り組みにも力を入れ始めた。少しずつ見えてきたという、徳光さんにとってのコミュニティの理想像とは?

 

甲斐駒ヶ岳の麓で平飼いで育つ鶏のおいしい卵

牧場ROOSTER(以下・ルースター)で飼育されている鶏たちは、農場主の徳光康平さんが自らDIYで建てた鶏舎の中を自由に動き回っている。日本では鶏を金網の中で飼育するケージ飼いが90%以上を占めており、ルースターのように平飼いで鶏を飼育している農場は多くはない。飼育の手間はかかるが、鶏たちが本能に従って健康的に運動して産んだ卵を人々に届けたいと徳光さんは考える。卵の鶏種は、国産鶏種「岡崎おうはん」。国産原料7割以上の自家配合発酵飼料と南アルプスの天然水で育つルースターの鶏たちが産む新鮮な卵は、黄身が綺麗なレモンイエローをしており、全く臭みがなくスッキリとした甘さがある。卵焼きやカルボナーラなどの卵料理はもちろん、お菓子づくりにも使い勝手がよく、プロの料理人にもファンが多い。

徳光さんが北杜市で養鶏をスタートしたのは、2016年のことだった。それまでは東京に住みながら、パンクバンドのベーシストとアパレル店員を掛け持ちしていた。転職と移住を考え始めたきっかけは、東日本大震災だったと徳光さんは言う。

「僕は一時的に地元の大分に帰省していたので震災は経験しなかったのですが、東京に戻ったら街が真っ暗になっていて、電気の使用が悪とされ、買い占めが横行して、みんながピリピリしていて…。そんな様子を見ていたら、電力会社や行政の所為にしなくて良いライフスタイルを手に入れたいと思ったんです。そんな時に図書館で一次産業の本を読み、すごく意義を感じて自分もやってみようと思いました。バンドは続けたかったので東京近郊で場所を探して、知り合いの紹介で北杜市にたどり着きました。初めて北杜市に来た時に、初夏の八ヶ岳の匂い、音、肌から伝わる感覚がまるで違うと感動したのを今もよく覚えています」

北杜市で暮らしていくことを決めた徳光さんは、県の有機農業協力隊として研修し、青年就農給付金を受けながら就農。武川町に約1ヘクタールの遊休牧草地を借り、約150平方メートルの鶏舎を自作して約200羽の鶏を飼育しながら、興味のあった狩猟や米・野菜づくりにも挑戦した。消防団や地域活動にも積極的に参加し、地域とのコミュニケーションを大切にしながら、少しずつ自分たちの場づくりを進めてきた。

 

誰もがアーティスト? 徳光さんの理想のコミュニティ

約200羽からスタートしたルースターの養鶏は、一時は約1200羽まで規模が拡大した。しかし、徳光さんは飼育数が増えると輸入飼料に頼らざるを得なくなることや、目的を明確にせず事業を拡大していくことに疑問を感じ、現在は約400羽まで鶏の数を減らしたのだと言う。

「輸入飼料に頼って出荷量を増やすことが自分のやりたいことなのか?と考えるようになりました。鶏にストレスなく卵を産んでもらうために平飼いを選んで、動物福祉の大切さを訴えてきたのに、鶏の体にどんな影響を与えるかわからない輸入飼料に頼ってしまったら、折り合いが付かないと思ったんです。だから自力で餌をつくってみようと思い、それでまかなえる範囲まで鶏の数を減らしました。餌づくりは失敗しましたが、別の方法を試してみようと作戦を練っているところです」

徳光さんは仲間と共に自然農に挑戦したり、養殖魚の排泄物をバクテリアに分解させ、できた栄養素を水耕栽培に活用する『アクアポニックス』と呼ばれる仕組みづくりに挑戦したりしている。いずれは、そうした環境に優しい方法で栽培した穀物で鶏を育てたり、穫れた農作物を仲間内で交換し合って生活することができたら理想的だと徳光さんは語る。

「農業って歯を食いしばって一生懸命やるものというイメージが強いですよね。それを否定するわけではありませんが、僕が広めていきたいのは『ホビーとしての農業』。100人それぞれが100人分の農作物を育てたり猟をしたりするのって実はそんなに労力がかかることではなくて、それを交換し合えばみんなが充実した食生活を送れる。それなのに、どうして僕たちはご飯を食べるために、こんなに殺伐とした社会の中で必死になって働いているんだろうって疑問に思うんです。僕の理想は、みんなが兼業農家になって、遊びの延長として楽しく農業をやって、その傍らでみんながアーティスト活動をしている状態。こんなことを言うとヒッピーだと思われてしまうかもしれないけれど、消費社会の恩恵もたっぷり受けているし、テクノロジーも使い倒していきたいからヒッピーを目指しているわけではない。でも、お金を稼ぐというそれらしい理由で大切なことに蓋をせず、何のために生きているのか、大切にするべきものは何なのかということを問い続けていきたいんです。世の中の生きづらさや環境問題を自分達の責任として見つめ直し、子どもたちの未来に少しでも希望を与えられたらと思っています」

ルースターには、20人ほどの仲間でシェアしている畑がある。多くの人が訪れるため農場は常ににぎやかで、失敗も笑ってフォローし合える家族のような温かな空気が流れているという。約8年の時を経て、徳光さんの思い描くコミュニティの姿は、少しずつ形になってきている。

 

みんなで過ごす時間の価値を信じて

写真提供:Nozomi Nishi

徳光さんは、社会に新たな価値を提案をしていきたいという想いから、2年前に株式会社Cultivate Metabolismを設立した。主催する農場イベントでは、参加者みんなで畑で収穫をしたり、講師の指導の元で猪を解体したりして、それらの新鮮な食材をプロの料理人と共に調理し、みんなで食卓を囲む光景が見られる。

 

「全て用意してお客さんたちをおもてなしするのではなく、料理も空間も一緒につくりあげるイメージです。生産者の顔が見える状態で、プロの料理人と一緒に調理をして、おいしいご飯をみんなで食べる。子どもたちは自由に手伝ったり、遊び回ったりしている。このコミュニティには、小〜高校生も居れば、80代のおじいちゃんも居て、趣味嗜好はバラバラだけど、それが心地良いんです。いろいろな人がいて、『何それ?』って興味を持ったり、『あの時あの人が言っていたのってこういうことだったんだ』って後からわかったりする。そういうことがすごく重要で、その豊かさはお金で買えるものではないんですよね。これがイベントの日だけでなく、日常の光景になっていけばいいなと思っています」

会社設立当初は、イベントを成り立たせることを意識しすぎて、集客数や収益の方に気を取られてしまっていた時期もあったのだそう。徳光さんはこれまで何度もトライ&エラーを繰り返しながら、「ルースターはどういう場所なのか」と考え続け、最近ようやく答えが見えてきたと言う。

「この場所を通してみんなの日常に農業を根付かせるにはどうすればいいんだろうとずっと悩んでいたのですが、障がい者支援施設の受け入れをした際に、みんなが楽しそうに食べたり遊んだりしている様子を見て、『この時間こそが一番じゃん』と感じたんです。大々的なイベントよりも、もっと暮らしの延長のようなことをやりたいと思うようになりました。それに、本で『ハーバード成人発達研究』というものを知り、そこに『人との関わりがダイレクトに幸せに通じる』と書かれていたのもヒントになりました。ああしなきゃ、こうしなきゃと思わずに、目の見える範囲の人たちとコラボレーションして、野菜や料理をつくる。それだけで十分なんだなと思えるようになったんです。今はみんながこういう時間や空間を求めているという実感があるし、良い時間を共有できているなと思います」

 

ここでしか生まれ得ない文化の定着を目指す

約2年間、試行錯誤しながら農業と食のコミュニティづくりを進めてきた徳光さんは、どのような未来を思い描いているのだろうか。

「今後は北杜市という地域ならではの文化をつくっていけたらと思っています。気候によるファッションの違いや食生活の違いが全国にあるのと同じように、ここでしか生まれ得ないものを育てて発信していきたいです。明野町のギャラリー『GASBON METABOLISM』の代表の西野さんともよくそういう話をしていて、連携もしています。農もアートも北杜市ならではのものがたくさん生まれて、子どもたちが楽しく自分らしく過ごせる場所になったらいいなと思います」

ルースターには同じ想いを持った仲間が集ってきている。きっとこれからも多様な人々が集い、多様な方法で未来を変えていくのだろう。