自然の力と豊かな発想できのこを栽培する 【白州・山の水農場 水谷多呂さん】

2003年に北杜市白州町でスタートした白州・山の水農場では、農薬を一切使用しない自家製の菌床で年間を通じて約15種類のきのこを栽培している。白州の清らかな地下水と大きな寒暖差で育ったきのこは、豊かな味わいと一般的な規格にとらわれない立派な大きさが特徴だ。自社で直売所やカフェの運営も行い、県内外に多くのファンを持つ山の水農場の約20年の歴史の中には、一体どんなストーリーがあったのだろう。

 

白州の恵みで育てるおいしく立派なきのこ

山の水農場のある標高約600mの白州町は、きのこの生育に適した昼夜の寒暖差があり、豊かな水にも恵まれている。この地域の畑地かんがいの水は、ミネラルウォーターとして販売されている水と同じ水質を示すほど清冽な天然水だ。山の水農場ではこの土地が持つ資源を存分に活用し、無農薬栽培でおいしいきのこをつくっている。

ナラやクヌギの木のチップなどを材料にした菌床に種菌を植え付けてじっくりと培養する「菌床栽培」という方法を用いることで、自然の力を使って少量多品目のきのこを元気に育てることができるそうだ。

立ち上げ当初はDIYでビニールハウスを年に一棟ずつ建てていき、今では10棟のビニールハウスと2棟のガラスハウス、加工場などを備えている。ハウスごとに日当たりや温度変化のスピードなどが異なるため、きのこの好みや気候に合わせて使い分けている。

 

2017年の合同会社化の際には設備投資にも力を入れ、自社で菌床をつくれるようになった。農薬を一切使用していないため、使い終わった菌床は近隣の有機菜園の土壌改善にも使われているという。

山の水農場のきのこはスーパーなどで目にするものよりも肉厚かつ大ぶりで自由な形をしているものが多い。スーパーで扱われる商品は個体差を付けないことに配慮して細かく規格が決まっているが、直販がメインの山の水農場では規格にとらわれず最も食べ頃の時期に収穫ができるのだそう。旬のものを少量ずつ栽培しているため季節の食材を提供する飲食店と相性がよく、都内の高級レストランなどからの注文も多いという。

直売所とカフェでお客さんとの出会いを

山の水農場では、2018年に「白州・山の水農場きのこ専門店」を白州町にオープンさせ、2021年には山梨県立図書館で「図書カフェby白州・山の水農場」の運営もはじめた。

地域に古くからある蔵を活用した直売所には、数種類のきのこやオリジナルの加工品が並んでいる。代表の水谷太呂さんは、お客さんの気持ちを考えて、喜んでもらえる店づくりを意識しているという。

 

水谷さん「直売所をはじめる前はきのこを5種類ほどしか栽培していませんでしたが、今は約15種類のきのこを栽培して季節ごとに店頭に並べています。最も力を入れているのは椎茸ですが、それ以外に見たことのないきのこがあったり、売り場に彩りがあったりした方が、お客さんにたのしんでいただけると思い、徐々に増やしていきました。今ではきのこごとにファンがいて、『そろそろあのきのこが出てくる頃?』と聞かれることもあります。きのこで季節を感じてもらえるのはうれしいことです」

 

直売所をはじめたことで、きのこの種類を増やしたり加工品の研究に力を入れたりと、次のステップに自然と意識が向いていったという水谷さん。「モチベーションの向上以外にも、お店を持つメリットはたくさんある」と水谷さんは続ける。

 

水谷さん「お客さんの声を聞いたり売れ行きを見ながら生産の方向性を調整できるのが、お店を持っている一番の良さだと思います。場所があると人や情報も集まってきますし、ネット販売をするにもお店があるとないとでは信用度が変わってきます。お店をやるのは一見ハードルが高いように感じますが、賃料が安いところを探して、接客の空き時間にできる作業も用意して運営すれば、そんなにむずかしいことではありません。週に1日〜2日開けるだけでも地域の観光資源になるので、他の生産者の方にもおすすめしたいです」

 

水谷さん「まちの印象って、案外ちょっとした体験によって決まるものだと思います。僕は子どもの頃に家族で行った旅行先の朝市で桃の試食をもらった記憶が今でも残っているんです。それだけで、大人になっても『良いところだったな、また行きたいな』と思うんですよね。だから例えば白州町に来た人に、『いろいろなお店を回ってたのしかったな』『あそこで珍しいきのこを買ったな』などと印象を持ってもらえれば、それがいつかまちに還元されるのではないかなと思っています」

 

直売所を立ち上げ、多くの人の喜ぶ顔を見てきた水谷さんの胸の中には、「次はきのこを食べてもらう場所をつくりたい」という想いが膨らんでいった。そんな時に山梨県立図書館内のカフェの運営者を募集しているという情報を知り、「図書カフェby白州・山の水農場」を立ち上げることにした。

図書カフェでは、きのこを使ったスープ、マリネ、ソーセージなどに加えて、きのこコーヒーやきのこジェラートなどの一風変わったメニューも味わえる。ここでしか食べることのできないメニューが多くの人の心を掴み、リピーターのお客さんも多いそうだ。カフェのお客さんが興味を持って白州のお店まで足を運んでくれることもあり、山の水農場とお客さんをつなぐ大切な場所の一つとなっている。

 

旅や芸術から得たものをきのこ栽培に生かして

枠にとらわれない自由な発想できのこの栽培や販売をおこなってきた水谷さん。お話を伺っていると、その発想力や実行力は農業をはじめる前の人生で時間をかけて培ってきたものなのだということが見えてくる。

 

水谷さん「僕は美術大学の油絵科を出ていて、画家と農家の二足の草鞋で生活したいと思い、北杜市に移住しました。きのこの栽培も『ものづくり』という感覚があるから、自分の思うように自由につくりたいし、誰もやっていないことを試してみたいと思うのかもしれません。それで多くのお客さんにご購入いただいているのは、本当にありがたいことです」

水谷さんは美術大学に通っていた頃から、両親の友人でのちに師匠となる白州町の農家の手伝いをしたり、自身でも一反部の畑を借りて野菜を育てたりしていたという。卒業後は芸術活動をしながら両親が営むデザイン会社で働き、移住の直前は敬愛する芸術家フンデルトヴァッサーが晩年を過ごした地を巡るため、一年間ニュージーランドでテント生活をして暮らしていた。そうした経験を経て白州町へ移住してきたのは、2003年のことだった。

 

水谷さん「出身は東京都渋谷区ですが、幼稚園の頃の先生の影響で子どもの頃から自然に対する憧れを持っていました。学生の頃はよく北杜市に来ていて、初めて自分で育てた野菜を焼いて食べた時に心の底から感動しました。味がどうこう以上に自分で育てたという過程がすごく尊く感じて、『将来はこういう暮らしをしよう』と心に決めました。移住後は師匠の元で、米・野菜・きのこづくりを5年間学び、一番おもしろさを感じたきのこの栽培で独立しました」

都会で生まれ育ちながらも、当たり前のように自然の中へと導かれていった水谷さんは、今の生活をとても気に入っているのだそう。「子どもたちをこの環境で育てられて本当によかった」と水谷さんはうれしそうに語る。

 

水谷さん「遊びに来るのと実際に暮らすのはやっぱり全然違います。学生の頃は川原でバーベキューをして満足していましたが、今は犬や鶏を飼い、近所の人たちと共同で米づくりをして新米パーティーをしたり、森にきのこを探しに行ったり、ここでしかできない遊びをたくさんしています。子どもたちも自然環境の中でのびのびと育って、僕が憧れを抱いてしまうくらい豊かな感性を育んでいます。ここにいると、自分がいくら頑張ったって子どもの頃から自然の中で育った人たちの感覚には追い付けないということを実感します。それでも外から来たから気付ける良さもたくさんあると思うので、多くの人にそれを伝えていきたいです」

水谷さんは「地元の人には追いつけない」と言うが、さまざまな経験から身に付けてきた豊かな感性はこのまちの暮らしでさらに磨かれているに違いない。それがアウトプットに現れると思うと、今後の取り組みからも目が離せない。

少しずつ見えてきた幸せな農園の形

これまでさまざまな挑戦をしてきた山の水農場だが、この先はどんな未来を思い描いているのだろう。

 

水谷さん「今はどれくらいの規模で自分の目指している幸せな農園が実現できるのか探っているところですが、もう少しでそれがわかるのではないかなという感覚があります。手を広げすぎて目が届かなくなってきた部分を整理して、自分たちに合った形を見つけていきたいです。そしてこれからも、自分たちもお客さんもたのしいと思えることをたくさんしていきたいです」

水谷さん「今一番興味を持っているのは商品開発です。きのこが健康に良いことをもっと直感的に理解してもらえるような見せ方ができないかなといつも考えています。食は人々にとってとても大切なものなので、無限の可能性を秘めていると思います。少しずつ築いてきたものが、いつか大きなものになればうれしいです」

 

白州の地で生きていく覚悟を決め、自分たちのスタイルの確立に向けて一歩ずつ歩みを進めてきた山の水農場。自分のつくったもので人を喜ばせることが好きな水谷さんの創作活動は、これからも大きな広がりを見せていくのだろう。