平成半ば頃、北杜市では、地域の農地・農業を守っていくために、6つの農事組合法⼈が設⽴された。「⻑坂ファーム」はその第1号として、平成14年に設⽴された法⼈だ。
⻑坂町に点在していた7つのファームサービスグループを統合してできた⻑坂ファームは、当時から北杜市の農事組合法⼈の中で、最も広い作付⾯積を持つ。
地域の⼈の⾼齢化などにより耕作がむずかしくなってしまった農地を集積し、⽶・⻨・野菜などをつくることで、法⼈としての売り上げを⽴てながら、地域に遊休農地が増えるのを防いできた。
しかし、任される⾯積が増えていくのに対し、⾼齢化などの要因で⼈員は減っており、徐々に⼿が回らなくなってきているのも事実だ。
今回は、総務部⻑である堤教⽂さんに、⻑坂ファームのリアルな現状について伺いました。
作付⾯積約100ヘクタール
農作物づくりで地域を⽀える
⻑坂ファームでは、地権者から集積した農地が約60ヘクタール、作業受託をしている農地が約40ヘクタールと、計約100ヘクタールの農地で⽶を中⼼とした農作物をつくっている。
⻑坂ファームの⽶づくりの中で最も特徴的なのは、「⿊⽶」と呼ばれるビタミンとミネラルを多く含み、⾼い抗酸化機能を持つと⾔われる品種の⽶をつくっていること。⽩⽶と混ぜて炊くと鮮やかな紫⾊になり、⾼い栄養価を摂取することができることで⼈気だ。
その他にも、⾷⽤のコシヒカリをメインに、減反政策の割り当ての⽣産調整の対象となる加⼯⽶のコシヒカリや畜産の餌に使われるWCSという品種の⽶、⼤⾖、⻨、野菜などさまざまな品種の作物をつくり、遊休農地の増加、農家の担い⼿不⾜、減反政策による農家の負担の増加など、さまざまな地域課題に向き合ってきた。
JA⻑坂⽀店の敷地内にある事務所には、地域の⼩学⽣からのお礼のメッセージが壁⼀⾯に貼られている。
地元の保育園や⼩学校の⼦どもたちに農業体験の機会を提供するなど、農業を通じた地域・社会貢献にも積極的に取り組んでいるのも、⻑坂ファームの⼤きな特徴の⼀つだ。
特に今年は、新型コロナウイルスの影響で、⼦どもたちも外に出る機会が減ってしまっていたため、この農業体験の取り組みがすごく喜ばれたそうだ。
「⻑坂ファームは、7つのファームサービスグループが統合した組織なので、設⽴前はそれぞれの想いがぶつかり合い、3年に渡る⼤激論があったそうです。けれども、“地域の農地を守りたい”という意志を持っていたのはみんな同じ。それぞれの⼒をうまく合わせて、作業の効率化、広域化を実現し、年々作付⾯積を増やしてきました。」
総務部⻑を務める堤さんは、3年前にこの法⼈の組合員となり、地域の農地を守っていくという使命感を胸に、⽇々奮闘してきた。
「僕らは各部落に農地を持っているので、農作業で地域を循環しながら、『この辺りの農地が荒れてきそうだ』ということを検知することができるんです。それを市に報告して⼀緒に対策を練るようにしています。これ以上遊休農地を増やさないために、市やJAと連携しながら僕らにできることを精⼀杯やっています。」
この⼟地を未来へ繋ぐための課題と向き合う
地域に密着した農業で、⻑年まちの農地を守ってきた⻑坂ファームも、「⼈員不⾜」という深刻な課題を抱えている。
現在、⻑坂ファームには、11名の組合員、7名の協⼒員、1名の事務員が所属している。
年々任される⾯積が増えているのに対し、⾼齢化などの理由により⼈員は減ってきているので、徐々に作業の⼿が回らなくなってきているのだという。
「今後、⼿を付けられない農地が増えて地権者さんに⼟地を返すとなると、遊休農地が増えてしまいます。それは避けたいのですが、年々個⼈の負担も増えてきていて、先のことを考えると不安です。現在の法⼈の平均年齢は60代後半。まだまだ頑張れる年齢だとは思いますが、今のうちから将来のために対策を考えていかねばと思っています。」
⻑坂ファームの組合員には、炎天下の中、ハイスピードで広⼤な⾯積の農作業をこなすことが求められる。経験の浅い若⼿がベテラン勢に付いていくには、よほどの熱意と体⼒が必要であり、そのような⾼いポテンシャルを持つ若⼿は、なかなか⾒つからないそうだ。
堤さんは、「⾃分たちが気付かない、いい⽅法が何かあるのかもしれない」と思いを巡らせるが、その答えはまだ⾒つかっていない。⻑坂ファームに限らず、農業分野全体で⾒ても、⼈員不⾜は⼤きな課題だ。
頭を悩ませる⿃獣害農地を守るために必要なことそもそも堤さんたちは、なぜ遊休農地の増加を防ぐ必要性を感じているのか。改めて、その理由を尋ねてみた。
「荒れ果てた遊休農地があると、⼭から降りてきた動物たちが巣をつくってしまうんです。そこを拠点に周囲の畑や⽥んぼにある農作物を⾷べてしまうので、農家としては⾮常に困るわけです。つくってもつくっても動物に⾷べられてしまうような環境では、誰も農業をやろ
うとは思いません。それに、⼀度荒れ果てた農地を元の状態に戻すのは⼤変なこと。遊休農地が増えると、そうして地域の農業が衰退していってしまうのです。」
すでに北杜市には、⿅、猪、猿、カラスなどの⿃獣害対策に頭を悩ませている農家も多い。
電柵を設置して対策をしても簡単に壊されてしまうことも多々あり、コストも労⼒も奪われてしまう。対策として遊休農地の増加を防ぐことはもちろん、堤さんはその⼿前にある「⼭の⽣息地管理」の必要性も強く感じているという。
「⼈⾥に出没する動物を減らすためには、周囲の⼭々をきれいな⾥⼭状態にすることが必要です。しかし実際は、⼭の地権者がわからなくて⼿を付けられないところばかり。本来は標⾼1,000m以上にしかいなかった動物が、荒れた低⼭に住みついて、エサを求めて⽥んぼや畑に降りてきてしまっているのです。」
⽣息地管理を⾏うには、地権者の合意が必要だ。しかし、地権者も⾼齢化していたり、既に死亡していたりすることもあり、その家族も所有地を把握していないという場合もある。⼭の地権者探しは簡単ではないが、⽣息地管理は農業と密接するとても重要な作業だ。
「北杜市は、農業をするにはとてもいい環境です。寒暖差があるからおいしいものがつくれるし、直売所などの農作物を売る場所もたくさんある。この恵まれた環境にある北杜市の農地をこれからも守っていくために、市の農政課には引き続き、遊休農地対策と⿃獣害対策をがんばってもらいたいです。整った環境があれば⾃然と農業をする⼈も増えるはずなので、環境づくりが⼀番⼤切なのではないでしょうか。」
北杜市には、きれいな⽔や⽇照時間に恵まれた、農作物づくりに適した環境がある。それを未来のために維持していくには、適切に⼈の⼿を加えていくことが必要だ。⻑坂ファームはこれからも、さまざまな課題と向き合いながら、⻑坂町の広⼤な農地を守り続けていく。