地 域 の 課 題 に 寄 り 添 い、 ⾼ 根 町 の 農 業 を ⽀ え る      農 事 組 合 法 ⼈ 営 農 た か ね

高根町の南側のエリアで大豆・麦・米などの農作物を生産する「営農たかね」は、国が1970年から2018年まで取り組んだ「減反政策」による米作農家の負担を減らすことを目的とし、約15年前に設立された農事組合法人だ。

現在は5名の組合員で構成され、正社員や季節アルバイトも雇用しながら、総面積約50ヘクタール強の圃場で作付けを行っている。

3代目の組合長を務める清水茂さんは、「農業のたのしさも、北杜市のよさもちっともわからない」と言いつつも、地域に求められていることを長年続けてきた人物だ。

そんな清水さんに、法人設立時の背景や北杜市の米づくりの課題について思うこと、そして「農事組合法人」という組織のメリットなどについて、お話を伺いました。

 

2足のわらじを履くメンバーによる転作作物づくり

《設立時メンバー》

『営農たかね』は、平成18年に設立された『高根町農作業受委託組合』が移行して、地域の転作作物の生産を請け負う組織として設立された農事法人組合だ。

高根町農作業受委託組合は、米の乾燥、調製、貯蔵のための共同利用施設『JA梨北 高根カントリーエレベーター』が出来た際、各々が所有している大型機械を使ってJAの稲刈り作業を請け負うために集ったメンバーにより設立された。

当時から大型機械を所有していたメンバー、つまり高根町の中でも数本の指に入るような水田面積を個人経営で管理していたメンバーにより設立された組織なので、現在も5名の組合員が、それぞれ3〜10ヘクタールの農地を持つ。個人経営と法人経営という“2足のわらじ”を履いたメンバーが集った、農事組合法人には珍しい形態の組織だ。

 

1970年から2017年まで、およそ50年にわたり日本では「減反制作」が実施された。米の生産調整を行うため、米作農家に米の作付面積の削減を要求する政策であり、田んぼの3割ほどの面積を使い、大豆や麦などの転作作物をつくることを推進した施策だった。

減反政策は、米づくり以外のノウハウがない米作農家には大きな負担となった。そこで、広い圃場を管理して転作作物を一気につくり、まちごとに決められている目標量をクリアすることで、米作農家が米作りに集中できるようにしたのが営農たかねの始まりだったそうだ。

 

 

「地域の人が困っていたからこういう組織をつくったわけですが、今は自分たちも将来に不安を抱えています。何百人という地権者さんたちから土地を借りていて、地域にも名前が広がってきているので、今後もこの組織を存続させていかねばならない。農事組合法人では6次産業が禁止されているので、やるとしたら子会社をつくって直売所や加工所を持つなど、新しいことに挑戦していくべきだと思うのですが、それぞれが個人経営との掛け持ちなので、そういったことを僕一人の判断や想いで進めることができないもどかしさがあります。」

営農たかねは平均年齢60.4歳と、この辺りの農事組合法人の中では比較的若い組織だ。

とは言え、どこの組合も高齢化が進んでいて後継者不足に悩まされているという状況を見ると、現在のままの体制ではいずれ限界がくると清水さんは考える。

他県に足を運びさまざまな事例を見たり、積極的に農業関係者の声を聞きながら、未来の経営体系を試行錯誤中だ。

 

作付面積約60ヘクタール
水耕栽培によるトマトづくりで周年出荷を可能に

 

「転作作物の生産」と言っても、本来であれば乾燥した土で育つ作物を湿田でつくるのは、容易なことではない。同じものをつくり続けていると連作障害で収穫量が下がってくるため、大豆、麦、米を年ごとにローテーションしてつくっている。

 

「我々は、米以外のものをつくるところから始まった組織ですが、結果的に米づくりも担うようになりました。現在は、大豆、麦、米をそれぞれ約20ヘクタールほど育てています。米と言っても他の農家さんたちがつくっているような主食用の米ではなく、お団子づくりなどに使われる加工米や、日本酒づくりなどに使われる酒米がほとんど。それらの米は単価が安くて作りたがる人が少ないので、その分補助金がつくんです。そういった他の人がやりたがらないことを、補助金を受けながら代行してきたのが、これまでのうちの組織なんです。」

 

約15年間に渡り、地域の農家の手が回らない部分を担ってきた営農たかねだが、2016年からは新しい事業を展開していくための第一歩として、水耕栽培によるトマトづくりもスタートした。

 

高糖度で大玉品種のトマトを栽培するために、トマトの茎の先を低い位置で摘み、上へと高く伸びるのを抑制する「低段密植栽培」と呼ばれる方法を採用。そうした状態でIoTシステムを使ってハウス内の環境や与える養液量を調整することで、鮮やかな赤色をした、甘みの強いトマトをつくることができる。この方法では、農薬の使用量を減らすことができ、短期で収穫するため病虫害のリスクも下げられるのだそう。

また営農たかねでは苗づくりも自前で行うため、収穫の時期から逆算して種まきをすることで、作付の時期を調整することができる。年8作し、周年出荷ができることから、取引先にも喜ばれているそうだ。

 

 

 

「北杜市を支えるのは農業と観光だけ」
清水さんが組合長になるまで

清水さんは、高校生の頃には設計士になるという夢を持っていたが、家庭の事情で夢を諦め農業の道へ。長坂町にある農業大学校を卒業してJAに13年間勤め、その後、当時夢中になっていた写真の現像をするお店の経営をスタートする。デジタル写真が主流になってきたタイミングで店を畳み、営農たかねの元となった高根町農作業受委託組合を仲間と一緒に立ち上げ、約3年前に組合長に就任した。

「僕はもともと農業が好きだったわけではないし、今も農業がたのしいと思っているわけではないんです。だけど機械の操縦や経営について考えるのは得意だから、自分ができること・求められていることを、長年続けているという感覚です。僕には、北杜市の良さだって、ちっともわかりません。『景色がいい』と言われても、見慣れているから何の感動もないですね。(笑)この環境は、もしかしたら僕らにはもったいないのかもしれません。」

 

 

営農たかねが管理する土地からは、八ヶ岳、南アルプス、富士山などの山々がぐるっと一周見渡せる。辺りに高い建物も無く、田園の緑と空の青さが一面に広がる景色は、開放感がありとても気持ちがいい。

清水さんは「自分たちにはもったいない環境」と言うが、営農たかねの組合員たちがこの景色を長年守ってきたことに間違いはない。

「バブルの時期は、清里の駅前に人が溢れていて、僕も毎日のように通っていました。今は当時のような賑わいはなくなってしまって寂しいですよね。だけどやっぱり北杜市を支えていくのは、農業と観光しかないと思います。観光がコロナの打撃を受けている今、農業でどうカバーしていくかが大事になってくるのではないでしょうか。」

 

米づくりの課題
農事組合法人という仕組みについて

 

農業で地域を支えていくべきだと考える清水さん。しかし、北杜市にも農業についての課題はまだまだ多い。特に米づくりに関しては、農家の高齢化と新規就農者が増えないことが原因で、手付かずの田んぼが増えてきているという課題がある。その点について、清水さんはどのように考えているのだろう。

「米づくりの新規就農者を増やすのは、正直なところ難しいと感じています。かと言って、我々のような受け皿にも限界がある。そうなってくると、家で田んぼを所有していて、使える機械が手元にあるという人たちに、頑張ってもらうしかないですね。会社勤めをしながら農業をやって、少しずつ作付面積を増やして、いずれは農業一本で食べていけるようにするという人の流れを増やしていくのが、一番現実的なやり方なのではないでしょうか。」

それぞれが管理する田んぼの面積は小さくても、人数が増えれば地域全体の作付面積は増えていく。農業従事者が減ってきている今、地権者それぞれが自分の田んぼを自分で守っていくという姿勢を持つことは大切だ。

「お米をつくることって、そんなに難しいことではないんです。北杜市は水や気候などの条件もいいので、やるべきことをしっかりやれば、お米はぐんぐんと育ってくれます。新規就農者にとって何が課題なのかと言うと、機械を買うために大きな初期投資が必要なこと。しかし、さまざまな制度を活用して、計画的な経営をすれば、米づくりで食べていくことは不可能ではありません。」

 

最後に清水さんは、『農事組合法人』という組織の利点についても教えてくれた。

「個人経営だと、売り上げから経費を差し引いた所得に税金がかかりますよね。農事組合法人は、計画的に農業経営の基盤強化(農用地、農業用の建物機械等の取得)を図るために、稼いだお金をそのまま貯めていくことができるんです。(農業経営基盤強化準備金制度

国の農業に関する補助金も、今は個人経営者向けのものは無くなって、法人向けのもののみになっています。もちろん、補助が手厚い分の成果は問われますが、将来を見据えて計画的にそういった制度を活用していくのは、一つの方法だと思います。」

農事組合法人を立ち上げるには、最低3人の組合員が、市町村に「認定農業者」としての認定を受ける必要がある。認定を受けるには、計画書の提出や実績報告などが必要で、3年ほど時間がかかるとされている。しかし、認定を受けることで低金利で高額な借り入れが可能となるので、法人にするしないに関わらずとも金銭的なメリットが大きいそうだ。

農業を志す人は、このような制度について自ら調べるかもしれないが、それ以外の人が農業についての知識を得る機会は少ない。知識が全くない状態では、自身が農業に携わるイメージを膨らませるのは難しい。まずは農業を身近に感じられるようにするために、このような情報を広く知らせていくことが大切なのかもしれない。