小淵沢の玄関口の自然と共生するワイナリー
2024年9月に小淵沢インターのすぐ側にオープンした予約制のワイナリー「八ヶ岳グランヴェールヴィンヤード」では、八ヶ岳や富士山を背景に、ぶどう畑を見下ろしながらさまざまなワインのテイスティングを楽しめる。約15ヘクタールの敷地内には、白ワインを造るのに使うシャルドネや甲州、リースリングなどの白ぶどうが垣根仕立てで栽培されており、ぶどう畑の真ん中には醸造所、ショップ、展望デッキ、そして2025年春にオープン予定のカフェテリアなどが並ぶ。
この施設を運営しているのは、韮崎本町運送株式会社が地域活性化のために1991年に設立した有限会社都市農園を株式会社化して生まれたcity farm。長年耕作放棄地の再生、ワイン用ぶどうの栽培、栽培に関する指導などに取り組んできたcity farmが今回なぜ小淵沢にワイナリーをつくることになったのか、その経緯を取締役の山崎基さんに尋ねた。
「日本は2010年代前半の第7次ワインブームや地方自治体の『ワイン特区』の導入などの影響で小規模生産者が次々と増え、全国のワイナリー数は今や500を越えています。自社でぶどう畑を持たないアーバンワイナリーも増えており、原料の奪い合いになっているような状況です。私たちは、そのような方々にぶどうを供給するのを主な事業内容とし、韮崎や白州の山間部の斜面にある荒れた土地をぶどう畑として再生させてきました。このような経験を生かし、小淵沢の遊休地を活用して子どもたちや観光客が自然との共生を学べる学習施設をつくってほしいと北杜市から依頼があり、小淵沢の玄関口に新たな観光スポットとしてワイナリーをつくることで、地域の活性化になればと思いました。このロケーションでなければ自社ワインづくりにはまだ取り組んでいなかったと思いますが、高速道路からよく見えるこの場所にぶどう畑が広がり、そこで山々を眺めながらワインを飲めたら最高だなと思いました。ちょうど韮崎本町運送の創設100周年のタイミングだったことも、決断の後押しになったと思います」
city farmでは、韮崎・白州・小淵沢を合わせて約22ヘクタールの畑を5〜6人で管理しているというから驚きだ。おいしいワイン用ぶどうを効率よくつくるノウハウを持つcity farmがつくるワインには、多くの人が注目している。
日本ワインコンクールで銅賞を受賞
city farmとしてワインづくりに取り組むのは初めてだったが、関連会社の株式会社サンワークサービスでは、ワインの発酵からボトリング工程までの生産管理やワイン販売の業務請負をしてきた経験をもち、また、将来を見据えワインをつくるために勉強を続けてきた社員もおり、みんなの知識を総動員することでワインづくりは順調に進んだそう。その結果、最初に仕込んだ「スエヒロ メルロー 2022」は見事、日本ワインコンクール2022で銅賞を受賞した。
「一年目から評価をいただき嬉しかったです。これまでもcity farmのぶどうを原料にした他のワイナリーのワインが入賞していたので、醸造の技術さえどうにかすれば、必ず良いものができるという自信はありました。自社ワイン用のぶどうであれば、リスクを取ってでもギリギリまで収穫を遅らせ糖度が上がるのを待つなどという調整もできます。栽培のプロであるという強みを生かして、とことんこだわって本物の味を追求していきたいです」
土地にあった品種を見つけていくために
山崎さんは、サンワークサービスでの勤務期間を含む約33年間、山梨県でワイン用ぶどうの栽培を続けてきた。地球温暖化の影響で先が読めない部分もあるが、現時点での小淵沢の気候はぶどうの栽培に非常に適しているという。
「標高約950mの小淵沢は、涼しいけれど日当たりが良く、昼夜の寒暖差が大きいため、色付きの良い高品質なぶどうが育ちます。暑すぎると糖度が上がり切らないうちに酸の値が下がってしまい、実が傷みやすい上に色も香りも付きづらくなります。また、水はけが悪い土地では樹が水を吸いすぎて、ぶどうに凝縮感がなく薄いワインになってしまうのですが、小淵沢のような水はけの良い土地ではその心配がありません。温暖化の影響により栽培の適地が北へ移ってきている今は、小淵沢はぶどう栽培が可能な場所になってきたと言えますが、先のことは不透明です。それでも、この土地に合ったぶどうの品種や栽培方法を見つけることが、地域貢献に繋がるのではないかなと思っています」
土地に適したぶどうがわかれば生産効率も上がり、地域としてのブランド化も図りやすくなる。山崎さんは小淵沢の畑にさまざまな特性を持つ6品種17クローンのぶどうを植え、1本1本がどのような組み合わせの接ぎ木をしたもので、どのような作業工程を経てきたのかという記録を細かく残している。10年ほど経たないと結果は見えてこないそうだが、長期的なスパンで考えることが重要だと山崎さんは語る。
「海外のワイン産地では、何百年〜何千年の歴史の中で生き残り、自然交配して繁殖してきた品種を人が栽培することで、その土地のワインが出来上がっています。長い年月をかけて、周辺環境と畑が一体化しているんですよね。イタリアの産地を訪ねた際に、『他に餌となるものが周囲にたくさんあるから獣害はない』と聞いて本当に驚きました。山梨のワインづくりの歴史はまだ100年程度で、栽培している品種はほとんど海外から輸入してきたもの。そもそもの歴史も短い上にこれだけ環境問題の影響が大きいと、その土地に適したものを見つけるというのは簡単なことではありません。私の代で答えが出るとは思っていないので、次の代やそのまた次の代がこの中から土地に合ったものを選んでいってくれればと思います」
土地とワインは切り離せない関係にあるからこそ、山崎さんたちは地域の未来にも目を向ける。馬車の時代から地域の運送を担ってきた親会社の想いも乗せ、ワインラベルに馬のまち小淵沢ならではの馬のイラストを取り入れていることや、県営牧場から馬ふんも入った堆肥に使用していることからも、地域に対する想いが伺える。耕作放棄地や遊休地をワイン用ぶどうの畑に再生し、長期的に畑をきれいに管理してくれる会社があることは、高齢化により土地の管理に手が行き届かなくなっている人の多い地域にとって心強いことだろう。山崎さんは「きれいに管理されている畑を見れば、ここで農業をやりたいと思う人が増えるかもしれない。そうすればもっと地域が豊かになるのでは」と、新規参入の増加にも期待する。
炭や牡蠣殻を使用した環境に優しい土壌づくり
city farmでは、北杜市の豊かな環境を守っていくために、韮崎本町運送と共に「日本クルベジ協会」に加入し、バイオ炭を購入して畑に埋めている。そうすることで二酸化炭素の吸収量を増やし、自社のトラックが運送時に出す二酸化炭素の排出量を相殺している。運送業と農業を関連会社として持ち、両社で協力してカーボンニュートラルを目指す取り組みを行っている会社は全国でもcity farmのみだという。また、三重県のNPO法人「海っ子の森」と協力し、牡蠣殻を肥料にするプロジェクトにも取り組んでいる。
「世界の有名ワイン畑の多くはミネラル分が豊富な中性の石灰岩土壌ですが、日本は酸性よりの土壌でミネラル分も少ない畑がほとんどです。自然由来の石灰質で、山から海に流れ込むミネラル分を豊富に含む牡蠣殻を肥料として利用することで、ぶどうづくりに適した土壌をつくることができます。サステナビリティや環境保全にもつながるよう、未利用資源の活用を今後も進めていきたいです」
豊かな自然環境を守るため、そしてより栽培に適した土壌を育むため、山崎さんたちは常にアンテナを張りながら、さまざまな挑戦を続けている。すぐに目に見える成果が得られるとは限らないが、少しずつ積み重ねていくことで地域の未来は大きく変わっていくのかもしれない。
農業の仕事の魅力は意思決定できる幅の広さ
農業は分業化が進んでおり、city farmのように畑の設計から苗づくり、栽培までの全ての工程を担っている会社は全国でも珍しい。さまざまな知識や技術を身に付けることができ、自身の経験の中から大小さまざまな判断を下せることがこの仕事の楽しい部分だと山崎さんは言う。
「経験を積むと、初めて訪れた土地でも土質や草の生え方を見れば、水の溜まりやすさや風通しの良し悪し、どのような病気の発生リスクが高いかなどを読み取ることができます。そういった知識を活かして栽培計画を立てたり、何か問題が起こった際に対応の仕方を考えたりと、この仕事は自分で判断をする機会がとてもたくさんあります。責任の重さに耐えられないという人もいますが、経験を積めば対応力も自然と身に付き、自分で考えて試してみることが楽しくなってきます。この仕事を続けた先でしか見られない景色が確実にあるのです」
知識や学歴は問わず、やる気を尊重するcity farmには、ワインに興味のある人が全国から集う。そうした一人一人の想いや個性が土地と融合していった先には、どんな景色が広がっているのだろう。