環境に優しい農業で安心・安全な野菜をつくる 白州杜苑 中嶋勇一郎さん

北杜市白州町の「白州杜苑」は、ミネラルウォーターにも使われるほど水のきれいな尾白川がすぐ側に流れる自然豊かな環境で、無農薬・有機栽培の野菜を生産している農園だ。

「自然とともに野菜を育てる」をビジョンに掲げ、環境に優しい野菜づくりをしながら、日本にまだほとんど浸透していない無農薬・有機栽培を広めていくための情報発信にも力を入れている。

また、事務所の一階には加工場を併設し、周囲の生産者や自然食品を扱うスーパーなどの農産物の受託加工(OEM)も行っている。

以前は東京でアパレル店員をしていたという白州杜苑代表の中嶋勇一郎さんは、なぜ北杜市に移住し、農家になることを選んだのか。そのきっかけや想い、今後の目標などを伺いました。

 

豊かな自然環境と名水を生かした安心・安全な野菜づくり

北杜市白州町は、南アルプスユネスコエコパークの一部に認定される自然豊かな土地。長い日照時間と、昼と夜の寒暖差により、甘みの強い野菜が採れることで知られている。

2016年から白州町で農業を始めた「白州杜苑」は、標高約600〜700メートルに位置する畑で、農薬や化学肥料に頼らず虫や微生物の力、そして日本百名水にも選ばれる尾白川の南アルプス天然水を使用し、年間約30品目の野菜や米を育てている。

「毎日食べるものだから、安心と安全を」という考えのもと、使用する肥料の生産現場も自分たちの目で確認しに行き、遺伝子組み換えや化学的な資材は一切使用しない。さらに、見た目のきれいさや店頭に並ぶまでの温度管理にもこだわり、身体に優しい高品質な野菜を消費者の元へ届けている。

また、一昨年の農作業の少ない冬の時期には、事務所の一階にDIYで加工場を併設。野菜をダイスカットする機械やペースト状にすりつぶす機械などを揃え、自分たちの好きなときに好きなタイミングで野菜を加工することを可能とした。加工した野菜は主にカレーやスープなどのレトルト食品に使用されている。

 

最低ロット数の壁に悩む周囲の生産者たちの野菜の受託加工も行うことで、新しいものを生み出すきっかけづくりにもなっているのだという。

 

中嶋さんが農業をはじめた経緯

白州杜苑代表の中嶋勇一郎さんは、19歳の頃から福岡・東京でアパレル店員として働き、37歳の頃に北杜市に移住し農業をはじめた。なぜ以前の職種と全く異なる農業という仕事を選んだのだろう?

中嶋さん「独立して何かやりたいという想いはずっとあって、初めは八百屋をやってみたいと考えていました。僕が住んでいた東京の街は、昔ながらの商店街がまだ残っていて、その雰囲気が好きで八百屋や魚屋によく通っていたんです。そのうちに、自分で八百屋をつくって、お客さんに丁寧に野菜の説明や食べ方の紹介などをして、たまに野菜についての勉強会や味噌づくりなどのワークショップを開催するような、地域に根付いた情報発信ができる場所ができたら素敵だなと思いました。それで野菜について勉強をはじめたら、段々とつくる方に興味が湧いてきたんです。」

野菜づくりに興味を持った中嶋さんは、さらに詳しく調べていく中で、環境負荷を最小限に抑える「自然循環型有機栽培」の考え方に共感し、自身も有機農業をはじめることを決意。アパレルを辞め、土方仕事で資金を貯めてから北杜市に移住し、長坂の農業大学校の半年コースで野菜のことを学んだ後、新規就農を果たした。

中嶋さん「初めて自分でつくった野菜を収穫して食べたときの喜びは忘れられません。人の身体に入るものをつくる農業って、すごくかっこいい仕事だなと感じました。その想いは今も変わらず、若い世代にそれを伝えていけるような農家でありたいなと思っています。

よく有機栽培は大変だと言われていますが、それしかやったことがないと特別に大変とは感じません。むしろ販路を確保することの方が多くの新規就農者の課題ではないでしょうか。僕は農大に通っていた頃から営業活動をして、就農前には3件の販路を確保していました。そうした準備があったから、順調にここまでやってくることができたのだと思います。」

アパレル職で培った営業力と熱い想いでバイヤーの心を動かし、計画的なスタートを切って依頼、一切妥協せず真剣に野菜づくりに取り組んできた中嶋さん。現在は自分たちがつくった野菜を使って、当初思い描いていた八百屋や飲食店をつくることも計画中なのだという。

 

環境に優しい農業を普及させていくために

中嶋さんは農業をはじめてから、より地球温暖化による自然環境の変化を実感するようになり、環境に優しい農業をしていきたいという気持ちが年々強くなっているという。

中嶋さん「僕らの仕事は自然相手なので、環境に負荷を与えるとその分自分たちに返ってきます。数年前と気温も大きく変わってきているし、雨ばかりの年があれば全く降らない年もあったりして、農業には直接影響が出ます。10、20年後を考えたときに、このまま行ったら農業ができなくなるんじゃないかなという不安を感じるので、なるべく環境に優しい農業や暮らし方をしていかないといけないなと思うんです。」

中嶋さんは、「少しでも有機農業や環境に優しい暮らしが広まれば」という想いで、「【有機農家の日常】白州杜苑」というYouTubeチャンネルをつくった。新規就農のこと、有機栽培のこと、農家の暮らしの様子など、これから農業を始める人の参考になる情報を発信している。

中嶋さん「日本の有機農業の取組面積は全体の0.5%程度。アジアの先進国の中でも、日本は一番遅れています。手間がかかる有機栽培を大規模にやるには大型の機械が何台も必要で、その機械を動かすには化石燃料が必要で、それは環境に優しいとは言えないわけで…。そんなジレンマを抱えながらも、僕たち有機農家は自分たちにできることを地道にやっていくしかないんです。みんなの力を合わせて環境を変えていくには、国の教育の仕方から変えていくべきです。『みどりの食料システム戦略』もはじまったので、少しずつ人々の意識が変わっていけばいいなと思います。身体をつくるのは食べ物ですから、どこでどのようにつくられたものを食べているのか、もっと一人一人が意識してみても良いのではないでしょうか。」

 

農林水産省が令和3年5月に決定した「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)にすることが掲げられている。中嶋さんたちのような生産者のみでなく、消費者側にできることもきっとたくさんあるはずだ。