八ヶ岳の麓の恵みをたっぷりと堪能できる焼肉店を営む         但馬家幸之助 松原幸子さん

北杜市小淵沢町と茅野市の2ヶ所に店舗を構える「但馬家幸之助」は、1999年の創業時から地域に愛され続けてきた炭火焼肉専門店。自然に囲まれた場所にある店舗では、自家牧場で育てた上質な黒毛和牛や、地元で採れた栄養たっぷりの高原野菜を使ったサイドメニュー、山梨県産のワイン・日本酒・ウイスキーなど、この土地ならではの美味しいものをたっぷりと味わうことができる。

今回は、但馬家幸之助の取締役を務める松原幸子さんに、店の歴史や牛の肥育へのこだわり、地元の食材を使うことに対する想いなどについて伺いました。

 

但馬家幸之助の歴史

 

松原幸子さんは今から約30年前に、小淵沢の学校に通うために東京から小淵沢へ。その頃に小淵沢町の牧場で牛の肥育をしていた旦那さんの浩之助さんと知り合い、結婚。しばらく専業主婦を続けていたが、浩之助さんが実家の精肉店から独立する際に、自家牧場で育てた黒毛和牛を提供する焼肉店を小淵沢にオープンすることを決め、幸子さんが店の切り盛り​を​務めることとなった。

「主人は神楽坂の精肉店の息子として生まれて、25歳の頃(昭和62年)に自分で牛を育てるために北杜市に移住し、実家の事業の一貫として『まつき牧場』を始めました。兵庫県但馬から7頭の牛を買い付けて肥育するところからスタートし、現在は小淵沢に2ヶ所、富士見に1ヶ所の計3ヶ所の自家牧場で、約120頭の牛を肥育しています。牧場を始めてしばらくは、生産したお肉は全て主人の実家の精肉店に卸していましたが、10年ほど経ったところで独立することになり、そのときに新たな肉の卸し先を探すのではなく自分たちで直接お肉を提供する場所をつくろうということで、それまでずっと専業主婦だった私も加わって、焼肉店を始めることになったんです。」

 

そうして新たに立ち上げることとなった焼肉店の店舗名は、旦那さんの「浩之助」という名前に、幸子さんの「幸」の字を足して、「但馬家幸之助」に。今は亡き俳優の宇津井健さんが命名してくれたのだそう。

お店の現場のことは幸子さん、牧場とお店の仕組みづくりのプロデュースは浩之助さんと完全に役割を分担し、それぞれが一生懸命働くことで、24年間に渡り多くの人に美味しい肉を届け続けてきた。

 

八ヶ岳の麓の恵みでのびのびと育つ牛たち

 

但馬家幸之助の自家牧場「まつき牧場」は、南アルプスを一望できる恵まれた自然環境の中にある。牛舎で人工授精にて産まれた牛たちは、この土地ならではの飼料を食べながら、放牧でのびのびと育っている。

「年間を通して涼しい八ヶ岳の麓の気候は、暑さに弱い牛たちが快適に過ごすことができるので、肥育に適しています。放牧して日光に当てることで、病気も少なくなり旨味がしっかりとしたお肉ができるんです。不健康に育てると身体が大きくなってたっぷり脂が乗るんですけど、うちの牛たちは健康的で、身体がぎゅっとしまっているので、赤身の味が濃くて美味しいんです。」

「牛たちにあげる飼料には、自分たちで管理している畑で刈り上げた青草を発酵させて牧草サイレージにしたものや、サントリーさんがウイスキー製造で発酵もろみを蒸留した後の残りカス、地元の農家さんに米を獲った後の稲を干してもらったものなどを使っています。飲み水も湧水なので、本当に八ヶ岳の麓の恵みで育った牛だと言えると思います。また、堆肥をつくって農家の方に利用してもらうなど、循環型の農業にも取り組んでいるんです。」

 

野菜も酒も北杜市産!山梨一の焼肉店を目指して

八ヶ岳の麓の恵みをたっぷりと受けて育った自慢の黒毛和牛はもちろん、但馬家幸之助では野菜の美味しさにもとことんこだわり、地元の生産者から直接野菜を仕入れている。

「オープンしたときから、『やるからには絶対に山梨で一番になりたい』と思っていたので、そのためにはお肉だけでなく全てが美味しくあるべきだと考えました。幸いなことに北杜市には、品質の高い野菜をつくっている生産者さんや美味しいお酒をつくっている方々がたくさんいるので、うちのお肉とそれらと合わせてお客さんに楽しんでもらえたら一番だと思ったんです。」

「岩窪農場の大塚さんがつくっているお米をメインに、井上農場の井上くんの玉ねぎ・ニンニク、あさかわ農場の浅川くんのにんじん・ごぼう・長芋、Crazy Farmの石毛くんのカラフル野菜、北杜あぐりの高森さんのサニーレタス、川上村で採れるレタス、お隣り富士見町のレインボーさんのしいたけなど、どれも本当に美味しい野菜ばかりです。うちは昔から生産者さんたちの拠点になっていて、よくここにみんなで集まって焼肉を食べながら農業について話しているんですよね。若い内に東京から新規就農で北杜に来て頑張っているメンバーなので、長年支え合ってきた仲間という感じです。」

幸子さんは、そんな生産者たちの姉御的存在。「野菜が余っている」「形が悪くて市場に出せない」などの声を聞けば「うちに持ってきなよ」と声をかけて、卸し先がなくて困っている野菜を買い取ることもしばしばあるのだそう。

「つくるものが決まっている状態で必要な野菜を発注するのではなく、『〇〇さんのところに〇〇が〇〇個あるから、じゃあこれをつくろうかな』という風に、ある野菜を中心にメニューを考えます。みんなが頑張ってつくった野菜のことを少しでもお客さんに伝えられるようにと思って、何年か前に私も野菜ソムリエの資格を取ったんですよ。」

「日本酒は七賢さん、ビールとウイスキーはサントリーさん、ワインも全て山梨でつくられたものを取り揃えています。また、食材やお酒を美味しく味わってもらうために、ドレッシング、酢味噌、つけだれなども全て手づくりしています。お客様に『ここにくれば山梨の良いものが堪能できる』と思ってもらえていたら嬉しいです。」

 

「但馬家ブランドを守っていく」という決意

 

今となっては地域の人にも観光客にも愛される人気店として名が知られている但馬家幸之助だが、店を出すときには苦労も多かったのだと幸子さんは当時を振り返る。

「独立したことで、牛の飼料代や土地代、電気代、牧草を刈り上げるための大型機械の購入費などの経費も全て自分たちで払わないといけなくなり、当時は本当に運転資金もなく大変でした。北杜市は今のように移住を促進するような文化もなく田舎ならではの閉鎖感が漂っていたので、東京から来た私たちには銀行もなかなかお金を貸してくれなくて、お店の面積を今の2/3ほどでスタートするしかありませんでした。今となってはこの辺りも観光地となり、お店の数も増えていますが、当時は店の前の道もまだ砂利道で、『こんなところで本当にやっていけるの?』と思うような土地でした。北杜に知り合いがほとんどいなかったので、希望の土地は借りられなかったんです。そうして色々と妥協してなんとかお店をオープンさせました。するとこれが大当たりで、味が良いというのはもちろん、他に焼肉屋がなかったということもあって、連日お客さんで大賑わい。私も頑張って働いて、オープンから半年ちょっとで今の店舗面積に増築することができたんです。」

 

 

「増築のすぐ後にも日本でBSEが流行ったり、今もコロナが流行ったりしていて、売り上げが安定しなくて大変なときももちろんあります。でも、『但馬家ブランドを守っていきたい』という想いは常に変わらず、経営に関しても『良い・悪い』の判断基準が自分の中ではっきりしているので迷うことはほとんどありませんでした。これからもみんなと協力して、本当に良いものだけをお客様に提供し続けていけたらと思っています。」

浩之助さんや地元の生産者たちとのチームプレーにより、北杜市の良さを存分に活かした店づくりに全力で取り組んできた幸子さん。これからも但馬家幸之助は、美味しい肉や野菜をお客さんに提供し、北杜市のファンを増やし続けていくだろう。