北杜市高根町にある「中村農場」では、10品種以上の鶏を愛情を込めて育て、おいしい卵や鶏肉を生産している。さらに農場周辺には、直売所・食事処・カフェ・レストランを持ち、生産・処理・卸・販売・小売・飲食を自社で一貫して行うという全国でも珍しい経営スタイルで、とれたての卵や鶏肉をもっともおいしい状態で消費者に届けている。
鶏糞の堆肥を使った循環型農業や食育にも力を入れるなど、常に新しいことに挑戦し続けている中村農場の中村努さんにお話を伺いました。
恵まれた自然環境で健やかに育つ新鮮で高品質な鶏

八ヶ岳南麓の標高1050mの地にある中村農場では、夏場でも鶏たちが快適に過ごせる冷涼な気候の中、10品種以上、約3・5万羽の鶏を育てている。代表の中村努さんは、これまで50品種以上の鶏を育てた経験を持ち、品種ごとの卵や肉の特徴、与える餌による味や色の変化を熟知し、とことん美味しさにこだわって商品を生み出してきた。


看板商品「八ヶ岳卵」は、日本在来の地鶏「横斑プリマスロック」を親に持つ「岡崎おうはん」の卵。黄身が大きく濃厚なのが特徴で、さらに餌の中でも非常に高価な「パプリカ」やカニや鮭の色素「アスタキサンチン」などを与えることで、甘み・旨味・後味の美味しさをプラスしている。

中村農場オリジナル地鶏「甲斐路軍鶏」は、養鶏をはじめてから約25年の間に、地鶏の原種といわれる鶏を何十種類も飼育した中で、いちばん美味しいと感じた究極の掛け合わせを10年以上かけて試行錯誤し開発された品種。固すぎず程よい歯ごたえの肉質と脂の甘みが特徴だ。


採れたての卵や肉、それらを使った加工品は、中村農場の直売所で購入することができる。直売所の隣には食事処も併設しており、看板メニューの親子丼をはじめ、チキンカツ、バターチキンカレーなど、新鮮な鶏をふんだんに使ったメニューが提供されている。鶏肉を美味しく調理するには、品種や雄雌、飼育日数によっても包丁の入れ方や火の入れ加減が異なるのだそう。日々鶏を育てているからこそ知る、最も食材に適した調理法でつくられた料理は、どれを食べても絶品で、観光シーズンには行列が絶えない北杜市でも人気のスポットとなっている。


さらに直売所から車で1分の場所には、モーニングも食べられる「ククーカフェ」も営んでおり、ここでは、モモ肉に偏りがちな鶏肉の消費の無駄を少なくすることを目的として、ムネやササミ等の部位を使用したメニュー開発を行っている。生産者の責任として、新しい美味しさを提案することで、地球にも鶏にも優しいカフェを目指している。
鶏の命に最後まで責任を持つために

中村農場のように、生産・処理・卸・販売・小売・飲食のすべてを自社で一貫する養鶏場は、全国を見てもほとんど例がない。中村さたちは初めから事業規模の拡大を図っていた訳ではなく、鶏にとって一番良い在り方を模索しながら進んでいった結果、今の形態に辿り着いたという。
「養鶏場をはじめる前は、2羽の鶏をペットとして育てていました。そこから『いろいろな品種の鶏を飼ってみたい』という知的好奇心が抑えられなくなり、一気に70羽まで増やしました。さすがに周りの人に卵をおすそわけしても消費しきれない数になり、販売をはじめたのが中村農場のルーツです」
酪農・養豚を営む家庭に生まれ育ち、幼い頃から牛や豚などの家畜をペットとして飼っていた中村さんにとって、動物は常に身近な存在だった。そんな動物の命を扱うのには、さまざまな葛藤があったと中村さんは語る。
「養鶏場をはじめた当初は『鶏はペット』という意識が残っていて、自分の育てた鶏を食べることもできませんでした。愛情を込めて育てた鶏たちの命を扱うのであれば、一片の肉も無駄にしたくないと強く感じました。お客さまに『おいしい』と言われるまでの責任をしっかり持とうと考えた結果、6次化に発展していきました」


中村さんは、以前勤めていた飲食店での調理経験や店舗管理の経験を活かし、鶏の世話をしながら商品開発や店舗運営などを行ってきた。当時は農業以外の事業を立ち上げる農家はほとんどおらず、卵は1パック100円以下の時代。そのような環境の中1つ100円の卵を自社の直売所で販売していたため、周りの農家からは奇異の目で見られることも多かったという。
「市場価格に合わせて卵をつくるのではなく、おいしさを最優先した卵づくりをしたかったんです。そうするとどうしても価格は上がってしまいます。中には、『そんなに高い卵が売れるわけがない』と言う人もいましたが、うちの卵は明らかに味が違うと確信していたので、自分たちの強みを信じて進んできました。最初はなかなか売れませんでしたが、来てくれる数名のお客さんを大切にしていたら、徐々に買いに来てくれる人が増えていきました」
鶏たちの命を大切にするため、それまでになかった新たな方法で道を切り拓いてきた中村さん。その姿勢は今も養鶏をはじめた約25年前と何も変わってはいない。
「おいしい」を追求した先にある循環型農業と食育活動

近年、中村農場では、鶏糞を堆肥として利用した高原野菜や果樹づくりを少しずつ進めている。今後はより循環型農業や食育に力を入れていく予定とのことだ。
「中村農場が常に目指しているのは、『おいしいと言われる食づくり』。誰と食べるかによっておいしさが変わるように、おいしさの要素は味以外の部分にもあると思っています。例えば、環境に優しい方法でつくられたものを理解して食べることは、おいしさを感じる理由の一つになると思います。そうしておいしさを追求していくと、環境保護や食育につながっていくことに気付いたのです」

中村農場では、鶏糞の堆肥のみを使用した野菜づくりや果樹栽培に取り組んでおり、何年もの試行錯誤の末に、おいしい玉ねぎ、にんにく、とうもろこしが安定的に収穫できるようになった。2022年には大型のコンポスト製造装置も設置し、農業体験や収穫した野菜を使った調理体験などをするための畑も購入。環境に優しい農業や食育に力を入れていく準備を着々と整えている。近年はSDGsの観点から環境保護への注目度が高まっているが、中村さんたちは「おいしさを追求したい」という目的から考え、結果的に環境に優しい農業に辿り着いた。この自然な流れは、今後どのような価値を生み出していくのだろう。
常識にとらわれず新しいことに挑戦する姿勢

最後に中村さんに、農業を続けていく上で大切なことは何か尋ねてみた。
「常に学び続ける姿勢と、ぶれない信念を持つことでしょうか。どんな分野でも、成果を出すのは学び続けることができる人だと思います。常識にとらわれず、自分でいろいろ試してみるべきです。僕らも世の中で良いとされる方法は一通り試して、それ以外の独自な方法もたくさん試しながら、常に研究を重ねています。例えば、窒素やリンの数値が一般的に適正とされる数値を大きく上回る土で試しに野菜を育ててみたら、問題なく元気な野菜が育ってくれました。『一般的にはこう』ということも、畑ごとに条件が異なるので、試してみないとわかりません。いろいろやってみて、自分の畑に合うやり方を見つけていくことが大切だと思います」
さまざまな情報が入ってくる中、自分なりのやり方をみつけるまでの過程では、先のことが不安になったり、周りの目が気になったりすることもあるかもしれない。だからこそ中村さんは、強い信念を持つことの大切さを訴える。
「今はインターネットがあって情報を得やすい分、人からのマイナス意見も目に付きやすいと思います。いちいち左右されていたら、何のために農業をやっているのかわらなくなってしまいます。もちろん参考にすべき意見もありますが、全ての意見が正しいという訳ではありません。ぶれない強い信念を持って、聞くべき意見とそうでない意見を見極めていくことが大切です。農業をはじめたばかりの人は、思ったように売れなくて落ち込むこともあるかもしれませんが、まだ認知されていないだけという場合もあります。問題はどこにあるのかを見極めて、諦めずに頑張ってみてほしいです。学ぶ姿勢と信念があれば、うまくやっていく方法が必ず見つかると思いますよ」
農業に関しても経営に関しても、周りがやっていないことに果敢に挑戦してきた中村さんの言葉には強い説得力がある。聞けば中村農場の土地一帯は、開拓者であった中村さんの父親が入植し開拓した土地なのだという。この土地を未来に受け継いでいくことに使命感を持つ中村さんは、「守るのではなく、攻めていかないとね」と父親譲りの開拓者精神を見せながら真っ直ぐ前を見つめる。