米づくりに新たな風を吹かせ、生まれ育った環境を守る

農業法人株式会社 こぴっと三井さん

長坂町に拠点を構える農業法人株式会社こぴっとでは、田んぼの環境を守ることを意識しながら低農薬・低化学肥料の特別栽培米をつくっています。新品種の持ち込みや海外輸出など、新しいことにも果敢に挑戦しているこぴっとが目指す未来の姿を代表の三井勲さんに伺いました。

虫が跳ねる田んぼは「安心・安全」の指標

2011年に設立された農業法人株式会社こぴっとでは、市内のさまざまなエリアに点在する総面積約29ヘクタールの田んぼを管理し、農林水産省で使用が許可されている農薬使用回数及び化学肥料の窒素成分量を5割以下に抑えた低農薬・低化学肥料の「特別栽培」という方法で、年間約130t・8品種の米をつくっている。

特別栽培は一般の栽培方法に比べて手間がかかるが、代表の三井勲さんは「生まれ育った土地の自然環境を守りたい」という思いから特別栽培に取り組んできた。

「僕は長坂出身で、子どもの頃から田んぼにいろいろな生き物がいるのを見てきました。北杜市は里山が田んぼの近くにあって、水中の生態系がしっかりと守られています。土手があるから昆虫たちも集まるし、カエルも卵を生みやすい。今も沢蟹がいたり、絶滅危惧種のゲンゴロウがいたりするのを見ていると、それを大切にして子どもたちの世代に残してあげるべきなのではないかなと思います。そうすると、簡単に除草剤を撒く気にはなれないんですよね。その分、草刈りは大変なのですが…」

中山間地域での米づくりは、新潟や北海道のような平場の産地やコンクリート壁の田んぼに比べ、労力と生産コストが何倍もかかる。1枚の田んぼの大きさは有名産地に比べると5分の1から10分の1程度で、傾斜40度ほどの斜面に囲まれていることも多い。大規模な生産が難しい上に、果てしなく続くように感じられる土手草刈りが必要となり、除草剤を撒かずにそれを管理するのは大変なことだ。生産の効率化が難しい環境ではあるが、その分、北杜市では生き物も好むきれいな水が美味しい米を育ててくれる。

「この辺の田んぼを歩くと虫たちがぴょんぴょんと飛び跳ねるのが見られますが、それは平場の産地ではなかなかないこと。県外のお米屋さんが視察に来ると、『こんなに生きている田んぼは見たことがない』と感動してくれます。この環境こそが付加価値であり、『安心・安全』を示す一つの指標になると思います」

三井さんは田んぼの環境の良さを証明するため、『水田環境鑑定士』の資格を取得し、田んぼの生態系の状態を定期的に調べている。昆虫や水中にいる生物の多様性が判断基準となる協会の調査では、最高ランクの「特A」の評価を獲得した。このような取り組みや想いは徐々に消費者へと伝わっていき、近年は田植えが終わる前には予約でいっぱいの状態となり、リピーターも増え続けているという。

戦略的な品種選びと諦めずに挑戦する姿勢

こぴっとの米が人気な理由は、品種ごとの違いを楽しめるという点にもある。

「あえて特徴がわかりやすい8品種の米を栽培しています。『五百川』という品種は、うちで県外から種を持ち込み、何年も試験栽培をして県の承認を取った品種です。新米が獲れる時期が他の品種よりも1ヶ月ほど早く、その年の新米を一番乗りで売り出すことを意識して選びました。また、『スーパームーン』は、粒が通常より1.5倍ほど大きく、口に入れた時のインパクトがあります。『一度食べると他のお米では物足りない』という人もいるほど個性が感じられ、こぴっとの商品の中でも人気の品種です」

三井さんは品種選びにこだわり、消費者がこぴっとの米を手に取る理由を意図的につくってきた。2020年には、山梨県でつくるのは難しいと言われていた「山田錦」を栽培し、等級検査で最高評価を得たことで、周囲から驚きの声が上がったという。

「山田錦は日本酒づくりに欠かせない『酒米の王様』と呼ばれているお米です。山梨県での栽培許可は下りているのですが、『上手につくるのは難しいし、等級が低ければ儲からない』と言われていて、つくる人はほとんどいませんでした。僕たちはあえてチャレンジして研究を重ね、4年で栽培のコツを掴むことができました。2020年には等級検査で最高評価の『特上』を県で初めて獲得し、続けて安定した品質の山田錦をつくっています。酒蔵さんも『これでオール山梨県産のもので最高級なお酒が造れる』と言ってすごく喜んでくれました」

こぴっとでは、県内外のスーパーや飲食店をはじめ、米屋、料理研究家などの個人、そして近年は台湾の高級寿司店にまで販路を拡大している。これも納得するまで挑戦を続けてきた成果なのだろう。


ビジネスとしての農業と北杜市の米農家の未来

こうして常に新たな挑戦を続けてきた影には、「農家としてビジネスを成功させたい」というプライドがあるのだと三井さんは語ってくれた。

「僕はもともと営業の仕事をしていましたが、『自分がつくったものを自信を持って売る』というものづくりへの憧れが高まり、会社を辞めて父の米づくりを手伝うことにしました。何もないゼロの状態の土の上に価値あるモノを育てる農業にビジネスとしての可能性も感じていたのですが、当時は今のように田舎で新規就農することを推進しているような時代ではなかったので、20代前半で実家で農業をやっているというと、『勤めもろくにできない奴と見られているかもしれない…』と想像してしまうくらい、同世代で農業をやっている人は誰もいませんでした。農家は決して楽な仕事ではないのに、どうしても『のんびり暮らしている』というイメージを持たれてしまうのが悔しくて…。だから農業でビジネスを成り立たせるという一つのモデルを示したくて、法人化することを選びました」

三井さんは自身のことを「変わり者なんです」と言って笑う。今は6名の従業員を雇い、地域からも頼られる会社へと成長しているが、農業を始めた当時はさまざまな迷いや葛藤があったのかもしれない。三井さんは当時のことを懐かしそうに振り返りながら、今後の北杜市の米農家の未来についても想いを巡らせる。

「今の米づくりの中心を担っているのは70歳前後の方々なので、あと5年もしたら離農率が高まり、耕作放棄地が増えていってしまうのではと深刻に受け止めています。僕は米づくりは隙間産業だと思っていて、今後は点在している農地をある程度まとめて管理できるようになっていくと思います。今のうちに先行投資をしておけば、それが徐々に実っていくのがこれからの米づくりなのではないかと思うんです。農地はたくさんあるので、一緒に取り組んでいける若い人たちが現れてくれたらいいなと思います」

北杜市には野菜や果樹の新規就農者は増えているが、複数の大型機械が必要で高額な初期投資が必要となる米づくりに新たに取り組む人は少ない。しかし、三井さんの言うように、離農率の増加は地域の環境を守っていく上で深刻な問題であり、生産者同士で協力していく姿勢が大切になってくるだろう。

若い世代に夢を与え、地域に求められる会社に

最後に、三井さんに今後の目標を伺った。

「米づくりの成功例になれたらと思っています。『あそこみたいになりたい』『米農家に就職したい』と思ってもらえれば、若い世代にも夢を与えられるし、この風景を守っていけるのかなと思います。僕らがやる意義は、すごく大きいのではないでしょうか」

三井さんは北杜市の米づくりを牽引していく姿勢を示しながらも、「今後は別のビジネスの柱もつくっていきたい」と語ってくれた。

「こぴっとという会社が、10年後に全然違うビジネスをしていてもいいと思っています。農業をベースに、6次化してショップを開いてもいいし、服を売ったり、キャンプ場を運営したりしたっていいと思う。ようやく人件費をカバーできるようになってきたので、ここから従業員の個々のスキルを活かせるような、おもしろいことをやっていきたいです。米づくりだけだと時期によって忙しさに偏りがありますが、もう一つの柱をつくって年間を通して仕事がある状態を保てれば、もっと人を雇うこともできます。子育て中のお母さんたちが働きやすい環境をつくることも目標なので、重労働ではない仕事も生み出していきたいです。色んな人が関われる会社になる事で、色んなスキルや夢を持った人が集まって、より良い刺激を会社に与えてくれると思うんです。そうやって地域に必要とされる、価値のある会社にしていきたいです」

法人名の『こぴっと』は、山梨の方言で『しっかり』という意味。こぴっとが今後どのような取り組みをしていくのかはまだ未知数だが、「しっかりとしたものをつくっていきたい」という三井さんの想いはきっと、これからの全ての取り組みに反映されていくのだろう。