津金のりんごで地域の発展と人々の笑顔を願う

Gon’s Farm 下郡浩さん

須玉町の津金でりんごを栽培するGon’s Farm。津金のりんごはその品質と希少性の高さから「幻のりんご」とも言われている。そんな貴重なりんごの美味しさを、土地の魅力と共に多くの人に届けていきたいと語るのは、代表の下郡浩さん。りんご農家になった経緯や今後の目標をお聞きしました。

Gon’s Farm代表の下郡浩さんは、東京都新宿区の出身。自然の中で土と向き合う仕事をしたいという想いからそれまでの営業職を辞め、2014年に北杜市に移住した。農場、キャンプ場、農業大学校などで働きながら野菜やハーブの栽培、酪農体験、子どもたちへの食育指導、森づくりや循環型農業の仕組みづくりなどに取り組んできた。

そしてある時、知人から「津金のりんご農園が人手不足で困っている」という話を聞き、ひとまず手伝いに行ってみたことが津金のりんごとの出会いだったという。

「最初はお手伝いのつもりでしたが、いよいよ収穫という時に食べさせてもらったりんごがものすごく美味しかったんです。秋に開催されているりんご祭りのお手伝いもさせてもらい、そこで地元の方から『昔はもっとりんごの産地として勢いがあった』『今は後継者不足でりんご農家も随分減ってしまった』などというお話を聞き、何か自分にできることがあればいいなと考えるようになりました」

標高約800mに位置する津金は、高地特有の日中の寒暖差と、八ヶ岳がもたらす火山灰土を含んだ肥沃な大地、地下を流れる清らかな水、そして「日照時間日本一」と言われる太陽の恵みにより美味しいりんごが育つ地域として知られてきた。しかし、高齢化によりりんご農家の件数は減り続け、現在残っている農家も70歳を超える人がほとんどだという。津金のりんごが「幻のりんご」と呼ばれているのは、美味しさはもちろんだが、その希少性が高くなっているという背景もある。

「このままいくと、本当に手に入らない『幻のりんご』になってしまいます。こんなに美味しいりんごが育つ良い環境があるのにそれが活用されないのは、本当にもったいないと思います。それに、津金は八ヶ岳が目の前に広がる最高の景観を持つ場所。『おいしい学校』や『古民家なかや』などもあり、観光地としてのポテンシャルも高い地域です。津金のりんごの美味しさとこの地域の魅力を多くの人に伝えたいと思い、りんご農家になることを決意しました」

津金でりんご農家になることを決意した下郡さんは、県の新規就農制度を活用し、手伝っていたりんご農家でさらに2年間栽培を学び、2020年に独立した。2023年には妻の愛さんと結婚して二人体制になり、現在は約1.2ヘクタールの畑でふじ、早生ふじ、秋映、ジョナゴールドなど、約15品種のりんごを栽培している。

「津金の地域ではほとんど袋がけをせずにりんごを栽培しています。鳥や虫に食べられてしまうリスクは上がりますが、そうすることで蜜がいっぱいの糖度の高いりんごになるんです。さらにGon’s Farmでは一部の品種を除き、りんごの葉をとらずに栽培をしています。葉を敢えて取らないことで、収穫直前までりんごに栄養を蓄えています。色付きよりもおいしさを重視した栽培方法です。また、現状は定植時以外は無肥料で栽培しています。津金は土が良いので、土の力を信じて過剰に養分を与えないようにしています」

津金の肥沃な土壌の力とさまざまな工夫により蜜たっぷりに育ったGon’s Farmのりんごは、そのほとんどが道の駅とECサイトで完売してしまう人気っぷり。4月下旬に花が咲いてから11月の収穫まで半年以上に渡り世話を続けるため、下郡さんにとってりんごは子どものように可愛く、販売をする時は我が子を嫁がせるような気持ちになるという。

「りんごは見た目も赤くて可愛いですし、獣害や病気、天気の影響などもある中で大切に守り育ててきたものなので、ついつい愛着が湧いてしまいます。自分で1から育てたものを心の底から自信を持ってお客さんにご提供できるのは、楽しいしやりがいに溢れています」

自身が愛情を込めてつくりあげた商品を提供し、お客さんの反応をダイレクトに受け取る。もっともシンプルな商売のスタイルだが、分業化が進んだ会社ではなかなかできないこの経験こそが、農家として働く喜びの一つなのかもしれない。

Gon’s Farmでは、りんごの6次化にも力を入れている。「八ヶ岳南麓津金りんごジュース」は、ふじりんごを100%使用した無加糖・無着色のストレート果汁。同じくふじりんごのみでつくる辛口のシードル「‐BIRTH.2024(BRUT 辛口)」や、新潟県十日町市のブルワリー「妻有ビール」とコラボレーションしてつくった「津金ふじりんごエール」などをECサイトを中心に販売している。

「商品化はラベルデザインやブランディングを考えたり、SNSで発信したりと労力がかかりますが、妻と意見交換をしながら商品を生み出していくのは楽しいです。りんごジュースには地域の農家さんのりんごも使わせてもらっています。販売がむずかしいはねだしのりんごを私たちが買い取ることで、多少なりとも地域貢献できているのかなと思います。今は県外の醸造所に加工をお願いしていますが、いつか津金に醸造所をつくることが私の夢です」

以前は津金にも共選場や加工場があったが、維持管理がむずかしくなり現在は閉鎖してしまったという。農家は自分たちで売り先を探したり、工夫をして付加価値を付けたりしていかねば生き残っていけない。

他の地域と同様に、高齢化や後継者不足などによる農業課題は抱えているが、飲食店が多い北杜市は恵まれた環境だと下郡さんは言う。

「北杜市は移住者や観光客も多く、食に関心の高い人が集まっています。レストランやカフェ、パン屋さんなどもたくさんあって、地元の食材を大切にしてくれるシェフやパティシエさんが多いのは本当にありがたいことです。Gon’s Farmのりんごも数々のお店で使ってもらっていて、プロの力で美味しい料理やスイーツに変身しているのを見ると感動します。自分たちも食べて幸せになれるし、お店の方にもお客さんにも喜んでもらえて、農家冥利に尽きるとはまさにこのことです」

飲食店が少ない地域では、確かにこのような繋がりは生まれにくいだろう。下郡さんは、この環境を気に入っているからこそ、もっと多くの人に足を運んでもらいたいと願う。

「北杜市は景色も良いし、紹介したくなるお店や場所もたくさんあって、友だちを呼びたくなる場所。実際に足を運んで、山を眺めたり、りんご畑の匂いを感じたり、土に触れたりして五感を使った体験をしてほしいです」

津金では辺りの山々が赤や黄色に色付き始めたら、りんごの収穫が始まる。この時期の気持ちの良い気候やきれいな景色を思い浮かべながら食べるりんごは、さらに美味しく感じられるかもしれない。

最後に、下郡さんに今後の目標を聞いてみた。

「僕らは地域の発展を願っていますが、高齢の農家さんたちは自分たちの代で農業を終えるつもりの方も多く、ネガティブな発言もよく聞こえてきます。仕方がないことですが、もっと前向きに『津金のりんごをこうしていきたいよね』と夢を語り合える同世代の仲間が増えたらいいなと思っています」

下郡さんの答えを聞き、愛さんも「私も同じりんご農家の嫁の友だちがほしい」と同意する。自分たちが楽しく暮らすためにも、地域の未来のためにも、若手農家を増やしていきたいと二人は考える。

「いきなり始めるのはハードルが高いと思うので、まずはうちで働きながら農業を学んでもらって、その後に独立するという道筋がつくれたらいいなと思います。今の規模ではそれはむずかしいので、少しずつ規模を拡大して仲間を増やしていくことが目標です。りんごを販売する時に『津金のりんご』と言うとお客さんの反応がとても良く、先人たちが築いてきたものの大きさを感じます。それを途切れさせないようにみんなで津金を盛り上げて、津金のりんごで日本全国に笑顔の輪を広げていきたいです」

下郡さんたちはとても楽しそうに農業や地域のことを語る。そんな二人がつくるりんごは、これからも多くの笑顔を生み出していくに違いない。