2014年に北杜市白州町に設立された株式会社リコペルは、「おいしい食べ物を生産し世界中の人々の幸せに貢献する」「日本国土の7割を占める中山間地を農業で活性化させる」という2つのミッションを掲げている。
7年弱の間に白州・長坂・高根と農場の数を増やし、養液栽培で年間約200tのトマトを生産し、新規事業としていちごやブルーベリーの生産、はねだし品を活用した加工品の販売などにも取り組んでいる。
約30名の雇用を地域に生み出し、順調に事業規模を拡大させているように思えるが、代表の米田茂之さんは、「まだやりたいことの1%も達成していない」と言う。
米田さんは一体どのような未来を思い描いているのだろうか?
「自分で事業をしてみたい」
選んだのは農業で地方に貢献すること
「僕は初めから『農業がしたい』と思っていたわけではなく、『自分で何か事業をしてみたい』というところがスタートだったんです」
そう語る米田さんは広島県の出身。学生時代は農学部で蚕や両生類の研究をしており研究者を目指していた。しかし当時は就職氷河期であり研究者としての就職がむずかしかった。そこで、研究成果をビジネス化する分野でキャリアを築くことを考え、母校で先輩が立ち上げたバイオベンチャーの立ち上げに携わるなどし、その後証券会社に入社することとなる。その後、また母校のバイオベンチャーに戻り事業推進に携わった後、大手企業向基幹システムの法人営業や病院立ち上げの医療コンサル業務などを経験する。
仕事を通してさまざまな経験を積んだ米田さんの胸には、「いつかは自分で事業をしてみたい」という思いが芽生えていた。その思いは膨らみ続け、30代前半を迎えた頃に、「そろそろ自分で何かしてみよう」と決意した。

そこで米田さんが目をつけたのは、「農業」が持つものづくりの魅力と現状課題の多さ、そしてそれらの課題解決ができるテクノロジーの発達だった。
「自分で何かしたいなと考えたときに、農業が面白そうだなと感じたんです。自分で1からものをつくってそれを販売するという商売の基本的なところに立ち戻って事業をしてみたいと思いました。そして農業について調べていく中で、就農者が高齢化して急激に減少していて、このままいくと農地が荒廃していって、地方が荒れていってしまうということを知りました。特に日本国土の7割を占める中山間地は、北海道などの広大な農地があるところに比べて農業をするのがむずかしい。その一方で、IOTなどを駆使した先端ハイテク農業があることも知り、新しい技術や発想で農業の課題解決に貢献していけるのではないかと思ったんです。」
2014年株式会リコペル設立
先端技術を活かしたトマトづくり

農業で社会に貢献していくと決意した米田さんが選んだのは、IOTで管理されたハウス内で養液栽培という方法を用いて、トマトを大規模に生産することだった。
「トマトは甘さ・味のバランス・色・大きさなど、特徴を出しやすくてブランド化がしやすいところがいいなと思いました。また、ハウス栽培でトマトを年間を通して採ることができるので、雇用がしっかりできることも魅力でした。期間採用の場合はどうしても人を集めるのがむずかしくなるので、年間を通して安定した給料を支払える仕組みをつくることが必要だと考えていました。」
経営者としての目線を持つ米田さんが導入したのは、オランダで生まれた先端技術を活かしたシステムだ。


ハウス内にはセンサーが設置してあり、温度・湿度・日射量を測定し、理想の条件に近づけるために全自動で窓やカーテンが開いたり閉まったりするようにIOTで管理されている。また、地面から隔離したプランター内の土壌に、灌水ホースを用いて水と液体肥料を施用し、排水は下からポタポタと垂れて外に流れていく仕組みになっている。
そうすることで、根が地面の中で勝手に伸びて地下水などを自由に拾える状態になってしまうのを防ぎ、人工的に水分量や養分量をコントロールしやすくなる。

「自分で事業がやりたい」という思いからスタートした農業だったが、実際にやってみて米田さんは、自然と向き合う仕事の面白さを実感していると言う。
「人間が人工的に作り出した商品と違って、作物は自然の恵みをいただいてできるもの。なぜあんなに小さな種からニョキニョキと蔓が伸びてトマトがポコポコってなるのか、誰もわからないわけですよね。DNAのゲノム解析も進んでいるけれど、なぜトマトができるのかっていうのは完璧にはわかっていない。わからないことはリスクでもあるけど、作り手としてはそこが面白くて、『何でこうなるんだろう?』と一つ一つ仮説を立てていって、検証して、徐々にわかることが増えていって、でもそこに終わりはない。農業は仕事としてすごく面白いです。」
実現しているのは1%以下? 米田さんが思い描いていること
いくらIOTで管理されているとは言え、気象条件や作物の病気など、農業には人工的に操作できない部分もある。米田さんは自然と向き合う農業の仕事に魅力を感じながらも、その難易度の高さにもどかしさも感じている。
「事業展開のスピードとしては、設立時に考えていた半分も進んでいなくて、生涯を通して実現したいことで言うとまだ1%も実現できていません。異業種から来た僕からすると、農業ってすごく経営の難易度が高いなと感じます。まず商品になるものをつくる技術を身に付けるのにすごく時間がかかります。それに不確定要素が多くて、必ず一定の収穫量があるとは限らないという点もむずかしいですね。」

何もなかったところから7年弱でここまで事業規模を拡大していて「1%以下」というのは厳しい評価に感じられるが、米田さんの口から次々と溢れてくる「これから実現したいこと」を聞くと、納得せざるを得ない。
「まずは新規事業として栽培しているいちごとブルーベリーの技術を確立させること。そして山梨はもちろん、求められていて条件がいいところがあれば、全国に進出して各地方の役に立ちたいです。さらに日本で確立した技術を海外に持っていって、海外で日本式の農業を展開して、現地の人たちに自分たちのつくったものを買って食べてもらうということもやっていきたい。加工品で何かヒット商品をつくって都市部に流通させたいという思いもありますし、最近FAR YEASTさんとのコラボでトマトビールをつくって、他企業とのコラボの面白さも感じたので、また何か面白い企画も考えていきたい。フランチャイズとしての展開もやってみたいと思っていて、うちの会社でトレーニングを受けてもらって、自営として農業をやってもらって、つくったものは全量うちで買い取る。そうすることによって収入の見込みがついて事業計画を立てやすくなるし、面倒を見る企業があることで事業の成功確率を上げることができると思います。僕が知り合いがいないところからのスタートで苦労した分、そのような新規就農者向けの仕組みもつくっていけたらいいなと思っています。」

「僕らは『農業ベンチャー』で、現状維持で満足せず、どんどん新しいことに挑戦していきたいと思っています。まだみんながみんな農業で大儲けできますよ、ハッピーですよといえるほど甘くはないけれど、それを切り開いていける時代になりつつあると思うので、若い世代が続いてくれるように頑張っていきたいです。」
北杜市の魅力。仲間と共に実現したいこと

米田さんが事業を始める場所として北杜市を選んだ理由は、事業に適した場所だったということはもちろんだが、この自然豊かな生活環境に惚れ込んだという部分も大きかったそうだ。
「北杜で事業をしようと決断した理由の半分くらいは、『ここに住みたい』と思ったことでした。もちろん農業をする場所として、日照時間の長さや行政サポートの充実具合、東京という市場に近い立地の良さなど好条件が揃っていたということもありますが、純粋に、いいところだなって感じたんですよね。自然が豊かで、山の景色も綺麗で、田舎だけど観光地でもあるから寂しくない。こんなに良い環境はなかなかないと思います。」

実際に米田さんは北杜市で暮らし、きれいな山を見ながら通勤して、早朝に気持ちのいい空気を吸ってから業務に臨み、日々幸せを感じていると言う。そしてその幸せを、他の人にも届けたいと考えている。
「空気の淀んだ東京で満員電車に揺られていた頃に比べたらここは天国ですよね。僕みたいに東京にいて地方に住みたいと思っている人ってすごく多いと思うんですけど、仕事がないことがネックになっていると思うんです。だから『農業で生活を成り立たせる』という選択肢を持ってもらえる環境をつくっていきたいと思います。」


最後に、この北杜市フードバレー協議会に期待することを米田さんに尋ねてみた。
「フードバレーに参加しているメンバーには、僕みたいに企業的に農業をやっている人、有機農家で有名な人、女性で頑張っている人など、それぞれ違う強みを持ったメンバーが揃っていると思います。いい資源はあるから、みんなでうまくアプローチして若くてやる気と能力がある人を巻き込んでいけたら、絶対にこれからもっと盛り上がっていくと思うんです。あとは北杜市にはすごくいいレストランがたくさんあるので、食の部分で地域と連携して、北杜市の特色を出せたらいいなとも思います。自分たちの会社だけだとできることの幅は限られるけれど、みんなで協力したらできることの幅がぐっと広がる思うので、これからも連携してやっていきたいです。」
米田さんが思い描いている未来図には、おいしい食べ物で幸せな気持ちになっている世界中の人々の笑顔や、満足できる生活環境の中で生き生きと働く人々の姿がある。
そのために米田さん率いるリコペルは、ここ北杜市を第一拠点として、これからも新しいことに挑戦し続けていく。
